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グリーンスワンに備えよう ― 気候変動とシナリオ分析 ―
投稿者 足立 光生:2021年9月1日
これを執筆している2021年8月現在、世界は新型コロナウイルスの感染拡大という大きな試練に立ち向かっています。その対策を巡って世の中では様々な議論が行われていますが、それと同時に気候変動がもたらす未来についても議論を加速化していく必要があります。ご存じのように、気候変動がわれわれの社会にもたらす影響はさらに深刻化しているからです。
2021年8月9日に、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate
Change、気候変動に関する政府間パネル)が気候変動に関する重要な報告を発表しました。2022年には第6次評価報告書が公表されますが、今回はそのなかでも自然科学分野における作業部会(IPCC Working Group
I)からの報告となります。この報告については、温暖化の原因は「人間の活動の影響」であることに「疑いの余地がない」とする内容が大きな話題をよびました。さらに、当報告書では今後20年間にこれまでに見られなかった温度上昇を予測しています(URL1)。
このような報告からも「グリーンスワン」に備える必要がますます高まっていることが想像できます。グリーンスワンとはブラックスワン(事前に予想するのが難しい反面、発生した時の金融・資本市場へ与える影響が甚大な出来事)をもじった言葉です。すなわち、気候変動が金融・資本市場にもたらしかねない大きな危機を意味します。金融システムの安定化を図っているBIS(Bank
for International Settlements、国際決済銀行)が2020年1月に「The green
swan」というレポート(URL2)を発表したことをきっかけにして、この言葉が金融・資本市場で頻繁に使われるようになりました。さらに、今回のIPCCの報告書が示唆しているのは、グリーンスワンはどこかで勝手に生まれてくるのではなく、その卵を孵化しようとしているのは、われわれ人類にほかならないということなのです。
また、グリーンスワンはブラックスワンとは似ているようで異なります。これまで金融・資本市場でブラックスワンが出現した場合(金融危機が生じた場合)は、全世界的に政策主体者が知恵を絞って対応してきました。ブラックマンデー、ロシア危機、アジア金融危機、リーマンショック等々、未曽有の危機に直面した世界は、その後時間をかけて修復に努めてきたのです。それに対して、金融・資本市場にグリーンスワンが出現したらどうなるのでしょうか。そもそも気候変動を相手とするのなら、事後的な対策を講じることはとても難しい筈です。
企業は、気候変動のもたらす有事の事態に向けて既に準備を始めています。たとえば多くの企業は、2017年のTCFD(Task Force on Climate-related Financial
Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言(URL3)に沿って、気候変動から受けるリスクと機会を見極めようとしています。そこで、企業が行っている取り組みの一つがシナリオ分析(scenario
analysis)です。ここでのシナリオ分析は、気候変動によって受ける影響を事前に想定しておくための分析といえます。
私はこうした企業の取り組みに大いに関心を持っています。そして、「シナリオ分析が必要なのは企業だけだろうか」という思いも抱えています。いうまでもなく気候変動の影響を受けるのは企業だけではなく、われわれ一人ひとりでもあるからです。それならば個人でも将来設計に関するシナリオ分析(あるいはそれに類似する方法)が必要ではないでしょうか。
ちなみにシナリオ分析といっても正確な未来予測を目指しているわけではありません。また、シナリオ分析の方法についてはかなりの発展可能性があるにも関わらず、様々な理由で単純な方法を採用してしまう可能性も否定できません。ただし、それでもシナリオ分析の過程を通じて、自らが直面している「現状の問題点」を認識することはできる筈です。
教育の現場でもさらなる対応が必要とされます。現在の教育現場では(金融・資本市場で用いられる「ESG(Environment、Social、Governance)」ではなく)「ESD」という言葉が飛び交います。ESDとはEducation
for Sustainable
Development、すなわち「持続可能な開発のための教育」のことであり、持続可能な社会を築くために現代社会への問題意識を強く持つことが求められます。今後、それらはシナリオ分析によって強化されていくでしょう。教育の現場でもシナリオ分析に必要な要素をわかりやすく伝えていくことが一層求められていく気がします。
われわれ一人ひとりが気候変動への問題意識をさらに強くするとともに、各自のシナリオを見つめ直しながら将来を的確に設計していく、そうした世の中が訪れることを心より望んでいます。
<参考>
・IPCC(2021)Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis.
・BIS (2020) The green swan -Central banking and financial stability in the age of climate change-
・TCFD(2017) Final Report Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures
June 2017.