政策最新キーワード『エネルギー貧困を考える意義:社会保障と気候変動政策の谷間に落ちるのは誰か』
エネルギー貧困を考える意義:社会保障と気候変動政策の谷間に落ちるのは誰か
投稿者 伊川 萌黄:2026年2月
前回のコラムで、「エネルギー貧困」とは「社会的・物質的に必要と考えられるエネルギーサービスを十分に享受することが困難な状態」であると説明した。ところで、読者のなかには、「エネルギー貧困は所得の貧困としてすでに考慮されているのだから、わざわざ『エネルギーの』貧困として個別に議論する必要はないのではないか」と感じる人もいるかもしれない。たしかに、冷暖房といったエネルギーサービスが生活必需品であることは自明であり、近年のエネルギー価格高騰に対しては、「激変緩和策」として電気・ガス価格抑制のための補助金が投入されてきた。こうした状況を踏まえると、エネルギー貧困をあえて独立した問題として扱う必要性はないようにも思われる。しかし、社会保障政策と気候変動政策という複数の政策を「エネルギー貧困」という共通の視点から同時に見てみると、制度の谷間において取り残される人々の存在が浮かび上がってくる。以下では、これら二つの政策分野における「エアコンの購入費補助」を例に、誰がより高いエネルギー貧困リスクにさらされているのかを考えてみたい。
まず、貧困対策の要である生活保護制度をみると、エアコンの購入補助は「生活保護受給決定が2018年4月以降である人」等に限定されており、それ以前から受給している人は補助の対象とならない場合がある。一方で、気候変動政策の観点からは、省エネ性能の高いエアコンへの買い替えを促進する目的で、国や自治体による補助金制度が実施されてきた。つまり、そもそもエアコンを持っていなかった、ある意味で最も「省エネ」な生活をしていた生活保護受給歴の長い人にはエアコン購入補助が支給されない一方で、省エネ性能の高いエアコンに買い替えようと思えるほどに金銭的余裕のある人は、気候変動政策としての補助金の恩恵を受けることができる。このように、社会保障政策と気候変動政策を同時に見れば、エアコン購入費補助の対象者をめぐる不公正が可視化される。しかし、各政策を個別に評価する限りでは、「当該制度の目的や理念に照らして設計されている」として、その問題点は見えにくくなってしまう。
さらに、個別の政策の内部においても、その正当性や公平性には批判的に検討すべき点がある。例えば、生活保護の受給開始時期がわずかに異なるだけでエアコン購入補助の対象となるか否かが決まることに、どのような合理性があるのだろうか。また、省エネエアコンへの補助金についても、近年の猛暑を考えれば、エアコンはもはや贅沢品ではなく、生命や健康を守るための生活必需品である。エアコンが設置されていない世帯は、熱中症をはじめとする深刻な健康リスクにさらされている。気候変動政策には、温室効果ガス排出を削減する「緩和策」と、気温上昇を前提として被害や健康リスクを最小化する「適応策」という二つの側面がある。従来の省エネエアコン補助は主として前者の緩和策を目的として設計されてきたが、エアコン未設置によるエネルギー貧困を、適応策の枠組みの中で捉え直す必要性がここから示唆される。
以上のように、「エネルギー貧困」という視点を介して政策を横断的に見てみると、制度の谷間に落ち、支援から取り残されてしまう人々の存在が明らかになる。2022年の厚労省調査によれば、生活費が足りずに冷暖房を使用しなかった経験のある世帯は全体で12人にひとり存在し、低所得層では4~6人にひとりにのぼる(下図)。欧州諸国では、「公正な移行」というスローガンのもと、気候変動対策と社会的公正を両立させる観点から、エネルギー貧困対策への政策的対応が重視されるようになってきている。日本においても、2024年に策定された第6次環境基本計画では、「環境改善を通じたウェルビーイングの向上」を掲げ、「すべての国民が明日への希望を持てる社会」の実現がうたわれている。こうした理念を美辞麗句で終わらせないためにも、エネルギー貧困の視点を取り入れた、より横断的で包摂的な政策のあり方を考えていく必要があるだろう。
【データ出典】厚生労働省(2022)『家庭の生活実態及び生活意識に関する調査』。質問項目「あなたの世帯では、過去1年の間に、生活費が足りなくて冷暖房を使用しなかったことがありましたか」に対し、「何度もある」「時々ある」と回答した世帯の割合を計算した。標本サイズは約1.1万世帯(うち、生活保護世帯は約1000世帯)。ただし、「回答不詳」は極わずかであったため除外した。