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電子投票は過去のものか

武藏 勝宏 教授

投稿者 武藏 勝宏:2024年3月1日


 日本では、地方自治体での電子投票が2002年に岡山県新見市で初めて実施されて以来、2016年までに10団体、25回を数えたものの、以後、8年間にわたって未実施のままである。世の中も、国も、デジタル化の流れは不可避の中で、一度始めたデジタル化対応がとん挫したままというのも考えてみれば不思議な話である。
 そもそも電子投票が日本に導入されたのは、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律が政府提出で制定され、2002年に施行されたことによる。同法の目的には、「情報化社会の進展にかんがみ、選挙の公正かつ適正な執行を確保しつつ開票事務等の効率化及び迅速化を図るため」導入されたことが謳われている。電子投票という言葉からは、有権者が投票所に出向かなくとも、パソコン等を通して、在宅のままでも投票できるネット投票をイメージする向きもあるかもしれない。しかし、この電子投票は、法律の題名にもある通り、「電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法」であり、つまり、有権者が投票所まで行き、投票所に設置されたタッチパネル式やボタン式などの方法の投票機を操作して投票する方法が認められているだけなのである。これでは、投票者のメリットは自筆式がタッチ式に代わるだけで、期待された投票率の増加もそれほどではないということになろう。
 実際に、電子投票が実施された25件のケースについて、総務省がHPで公表している資料では、電子投票による開票時間が、それ以外の方法と比べてどれだけ短縮されたかを示すものだけで、投票率に関するデータは示されていない。投票率の改善については、岩崎(2019)1の研究によれば、最大で14ポイント増加したケースもあるものの、逆に投票率が低下したケースも半分程度あり、ほとんど効果はないともいえる。そうした点で、この電子投票導入のメリットは、総務省の研究会(2018)2が指摘するように、「選挙結果の判明が迅速かつ正確」、「有権者の意思を正確に反映(疑問票・無効票解消)」、「自書が困難な有権者も容易に投票」の三点に集約されるだろう。
 だとすれば、この電子投票は、有権者の民意をより正確に反映し、さらに投票権を積極的に保障するものとして、推進されてしかるべきである。現状は、電子投票を実施したことのある自治体のほぼすべてで電子投票を実施するための条例が廃止または休止されており、実質的に電子投票を実施可能な自治体はなくなっている。多くの自治体で電子投票が見合されることになったのは、2003年に岐阜県可児市で実施された市議会議員選挙で電子投票機器がトラブルを起こし、住民からの提訴を受けて、選挙無効判決が最高裁で確定、自書式の再選挙が2005年に行われるという選挙事故が発生したことによるともいわれる。しかし、より大きな理由として、国政選挙においても導入されると見込まれていた電子投票法案が2008年の国会で廃案になったこと、さらには、電子投票の実施に伴うコストが、開票作業の短縮などによる節約効果を大幅に上回ることなども指摘されてきた。
 こうして約10年近く、電子投票はお蔵入りの状態におかれてきたのが現状ではあるが、最高裁が2022年5月に、国民審査に在外邦人が投票できない現行の国民審査法の規定に対して違憲判決を出したことから、ネット投票の導入が注目を浴びるようになっている。前述の総務省の研究会も、在外投票に限りネット投票のハードルをクリアできるとの見解を示している。そもそも人口減少が進む日本では、立会人の人員確保も容易でない地域が生じており、投票所の削減といった問題も生じている。日曜日の開票事務に長時間の残業を余儀なくされる体制も働き方改革に逆行するものであろう。
 もちろん、ネット投票と電子投票は定義のうえで相違があるものの、投票所での電子投票を実現したうえで、ネットワークへの接続を解禁することを通じて、ネット投票へと進んでいくという段階を踏むことも考えられる。電子投票は、ネット投票実現に向けての第一歩でもある。そのカギとなるのは、セキュリティの確保や選挙の公正との両立をいかに担保できるかにあろう。それらの課題を克服できる状況に至ったならば、有権者の投票権を積極的に保障していくという観点から、電子投票を地方選挙そして、国政選挙にも導入し、投票所での投票が困難な投票者についてはネット投票も認めることを検討すべきだろう。


1.岩崎正洋(2019)「電子投票」岩崎正洋編『選挙と民主主義』吉田書店。
2.総務省(2018)『投票環境の向上方策等に関する研究会報告』。