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保健所

投稿者 真山 達志:2021年12月1日

投稿者 真山 達志:2021年12月1日

 コロナ禍でにわかに注目度が高まった機関が保健所です。2年ほど前まではきわめて地味な存在で、特に若い学生の皆さんにはほとんど縁のないところであったと思います。食中毒でも発生しない限りメディアに登場することもなく、粛々と業務をこなしていました。ところが、新型コロナウイルスの感染者が急増する中で、まるで戦場のような保健所の姿がテレビやネットニュースに溢れるようになりました。
 保健所の歴史は古く、1937年に制定された旧保健所法に基づき翌38年に設置されました。当初の役割は、同法によれば、国民の体位の向上を図るため、衛生思想の啓発を図るとともに、疾病予防のための健康相談や指導を行うことでした。いかにも戦前の規定ですが、基本的には現在の保健所も行っていることです。
 戦後の1947年に新たな保健所法が制定され、保健所は従来の健康相談・保健指導に加えて、医事、薬事、食品衛生、環境衛生などに関する行政機能を持つようになりました。まさに、公衆衛生における中核的機関になったわけです。
 そして1994年に、地域保健法の改正に伴い保健所の設置根拠法がこの法律に変わりました。その結果、市町村は保健センターを設置できるようになり、母子手帳の交付、乳幼児健診、予防接種、健康診査、がん検診などの住民が日常的に利用するようなサービスは市町村が担当することになったものの、保健所も地域の保健、健康との関わりが強く意識されるようになったと言えます。そのため、従来は都道府県を中心に設置されてきた保健所がですが、中核市に対して保健所設置を積極的に働きかけるようになりました。
 さて、現在の保健所の具体的な業務は以下のようなものです。
(1)健康に関すること
•人口動態統計や地域保健に関わる統計の作成
•医療・医薬品相談
•結核、新型インフルエンザなど感染症の予防対策
•エイズ・難病対策
(2)精神保健福祉に関すること
•統合失調症、うつ病などの精神疾患、ひきこもりやアルコール依存症など心の健康相談を電話・窓口で相談。相談内容により関係機関・医療機関などへの紹介
(3)生活衛生に関すること
•食品衛生、食中毒等の検査、環境衛生、水質調査に関する業務
•食品関係施設の営業許可や調理師免許等
 実に多種多様な業務を担当しています。今回のコロナ禍で保健所の感染症対策が注目されましたが、日常的には数ある業務のひとつにすぎないのです。
 また、これらの業務には高い専門性が必要になるため、地方衛生研究所(具体的な名称は、衛生研究所、環境保健研究所、健康安全センター、環境保健センター、衛生試験所などさまざま)が設置されており、2021年4月現在で83(全都道府県47、大阪市を除く政令指定都市19、特別区・中核市等23)*1 を数えます。地域における地域の保健・公衆衛生に関する科学的かつ技術的に中核となる機関として、その専門性を活用した地域保健に関する調査及び研究を推進するとともに、当該地域の地域保健関係者に対する研修を実施することがその役割です。国(厚生労働省)としては「地域保健対策の推進に関する基本的な指針の一部改正について」(平成24年7月31日健発0731第8号) *2などを通じて、地方衛生研究所の充実強化を求めてきています。
 ここまで、保健所と関係機関からなる地域保健・公衆衛生行政システムの概要を説明しましたが、新型コロナ対策の中でこれらの行政システムの問題点がいくつか明らかになりました。次にそれらの一端を紹介します。
 まず、行政「改革」の一環として保健所の統廃合が進められたため、全国の保健所数は1992年の852から2021年4月には470まで激減しています 。*3組織、人員を減らせばコスト削減につながるのが明らかですから、政治家は「改革」と称して直接的な利害対立がおこらないところを削減していきます。たしかに、保健所数が減っても日常生活で支障を感じる人はあまりいないでしょう。しかし、保健所では、少ない人員で多くの業務を処理せざるをえず、日常でもギリギリですから、コロナ禍のようなパンデミックではパンクすることは目に見えています。特に、専門性が必要となる業務は、忙しいからといっても他の部署からの応援で対応するには限界がありますから、多くの保健師が過労死ラインを超えるような勤務を続けることになりました。
 大阪府の場合、保健所による積極的疫学調査が十分に行えないことから、患者情報の公表を中止してしまいました(表向きの理由はシステムの切替のためとなっていますが)。その結果、大阪府は全国的なデータ分析から除外される *4という不名誉かつ危うい事態が生じていたのですが、ほとんどの人は気付いていません。
 行政改革によって無駄をなくすことは重要ですが、「無駄」とは何かを明確にする必要があります。平常時に若干の余裕を持たせることを「冗長性」といいます。冗長性は、ITシステムで万一に備えてバックアップ体制を採っておくことなどがその典型例で、いわゆるフェールセーフも同じような考え方です。行政にもそのような考え方を応用しないと、パンデミックや災害時に対応できないことが頻発することになるでしょう。真の「改革」と、有無を言わせない「ぶった切り」を区別する必要があります。
 ところで、前述のように中核市には保健所を設置することが求められています。同じ保健所であっても、広域自治体である都道府県が設置するものと、基礎自治体が設置するものの2種類が混在しています。地方分権の考え方からすれば、地域の保健、健康に関わる業務を基礎自治体に移管するのは理に適っているように思えます。ところが、保健所にはパンデミック対応のように広域的な対応が必要な業務があるため、基礎自体で対応するには限界があります。日本の地方分権推進においては、市町村中心主義という考え方があり、地方行政の主たる担い手を市町村とすることにしています。しかし、何から何まで市町村に任せればうまく行くというわけではありません。今回のコロナ禍は、地方分権の中で国、都道府県、市町村の機能分担を冷静かつ慎重に検討しなければならいことを示しています。
 コロナ禍で注目されるようになった保健所について、現状と課題のごく一部を紹介しましたが、保健所ひとつをとっても、行政学や地方自治論で検討すべきテーマが山のように存在するのです。今後も多くの自然災害やパンデミックなどが発生するでしょうから、人々の安心、安全な生活のためにさらなる研究や議論が必要になるのです。

*1国立感染症研究所「地方衛生研究所一覧」https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc/2152-phi/2343-chieiken.html(2021年11月8日閲覧)を参照。なお、地方衛生研究所については、設置根拠になる法律の条文がないとか、政令指定都市のうち大阪市だけが廃止統合されているとか、議論すべきことが多々ありますが、長くなるので別の機会に述べることにします。
*2厚生労働省「地域保健対策の推進に関する基本的な指針の一部改正について」https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb8511&dataType=1&pageNo=1(2021年11月8日閲覧)を参照。
*3全国保健所長会「保健所数の推移と内訳」http://www.phcd.jp/03/HCsuii/pdf/suii_temp02.pdf?2021(2021年11月8日閲覧)を参照。
*4厚生労働省「第17回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード議事概要」https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000751638.pdf(2021年11月8日閲覧)および同アドバイザリーボード「資料2」https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000704454.pdf(2021年11月8日閲覧)を参照。