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国際機構のガバナンス〜Doing Businessの廃刊に寄せて

投稿者 根岸 祥子:2021年10月1日

投稿者 根岸 祥子:2021年10月1日

 2021年9月19日、世界銀行は公式ホームページ上で、基幹報告書の一つであるDoing Business(ビジネス環境の現状)の廃刊を決定したとの声明を発表しました。Doing Businessは、企業活動に影響を及ぼす法規制や制度について、190カ国のビジネス環境ランキングを公表する報告書で、世銀の代表的な年刊誌として位置付けられてきました。政府関係者にとって自国の制度の客観的評価を知る上で有益な資料であったと同時に、投資先のビジネス環境を把握する指標として多国籍企業にも広く活用されてきました。では、なぜこの報告書が廃刊されるに至ったのでしょうか。

昨年8月27日、Doing Business 2018年版および2020年版についての不正なデータ変更の事案が世界銀行によって公表されました。その後、ワシントンDCに本社を置くウィルマーヘイル法律事務所が調査を依頼され、半年以上をかけて関係者へのインタビューなどを行なった結果、今年9月15日に最終的な調査報告書が提出されました。そこには、組織的な不正の内容に加え、行われた背景と経緯が詳細に記されています。まず、2018年版においては、中国のビジネス環境ランキングを不正に上げるよう変更が行われていたことについて、その背景として当時の世銀が資本金の増強を計画していたこと、そして中国が増資を担う重要な役割を果たすと期待されていたことがあげられています。世銀の当時の総裁と最高経営責任者(CEO)がこの増資計画を強く推進していたことから、2018年版担当チームに対して上層部からの直接的・間接的な圧力がかかっていたことが判明しました。

さらに、2020年版ではサウジアラビアのランキングが不正に上位付けられていました。世銀は中・高所得国に対してビジネス環境の改善に向けた有償のアドバイザリー・サービスを提供しており、この枠組みは世銀の重要な収益源の一つとなっています。このサービスの一部の担当者はDoing Business担当チームと同じく開発経済総局に所属していました。サウジアラビアはアドバイザリー・サービスを積極的に活用する顧客であり、この枠組みの有効性を示すためにサウジアラビアのランキングを上位にするよう、内部で圧力がかかったと報告されています。いずれの事案についても、不正に関わった当事者として実名が公表されたのは、元CEOならびにDoing Businessの創刊メンバーです。両者は同国出身のエコノミストであり、2018年版作成時に後者は前者の顧問を務めていました。

世界銀行のような国際機構において、加盟国に対する配慮は珍しいことではありませんが、このような組織的な不正が発覚したことには驚きを隠せません。私自身も世銀で勤務していた当時、報告書の作成を担当する部署に所属していました。ある時、完成した報告書の第一稿を見た某国を代表する理事から呼び出され、その国に関する記述部分について修正を求められたことがあります。その時は、こちらの分析手法について丁寧に説明した結果、修正・変更には至りませんでした。

今回の調査で、職員による組織的な不正行為の背景にある、世銀におけるガバナンスの問題点が明らかになりました。1点目として、上述のようにビジネス環境を改善するためのアドバイスを行う立場のスタッフとビジネス環境を評価するスタッフとが同じ部署に所属しているという利益相反があげられます。2点目に、不正の指示がトップダウンで行われたために、担当者たちは従わざる得ない状況にあったこと、彼らが不正行為を告発する先がなかったこと、さらに内部告発の結果として職場で受ける不当な処遇を訴えるための術もなかったということです。特に、短期雇用の契約職員は、上層部からの圧力に逆らうことで自らの契約が更新されないことを恐れ、声を上げることが出来ませんでした。短期契約職員の中には外国籍を持つ者も多く、契約が打ち切られれば米国に滞在することが困難になるのが現状です。

19世紀の時代、異なる言語、文化、宗教を持つ国同士の交易が活発化するとともに深刻度を増す国家間の摩擦を平和的に解決するため、国際機構は設立されました。今日の国際機構は、さまざまな国や地域の人々が共に働く場であり、お互いの違いを尊重し、またその違いを強みとしながら、共通の国際公共目的の達成を目指す組織です。世界銀行という国際機構においてこのような不正行為が発覚したのは非常に残念なことであり、渦中のDoing Businessを廃刊にすることで一連の事案を終わらせるのではなく、組織としてのガバナンスをしっかりと見直す機会として、二度と同様の問題を起こさせない体制が確立されることを願ってやみません。

参考資料
WilmerHale, 2021. Investigation of Data Irregularities in Doing Business 2018 and Doing Business 2020.

World Bank, 2020. Doing Business – Data Irregularities Statement.
https://www.worldbank.org/en/news/statement/2020/08/27/doing-business---data-irregularities-statementh