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新型コロナウイルスワクチン接種にみる地方自治

投稿者 入江 容子:2021年7月1日

投稿者 入江 容子:2021年7月1日

 2021年6月現在、一日も早い国民への新型コロナウイルスワクチンの接種が急務となっています。菅首相は7月中に高齢者への接種を終えるよう、総務省を通じて全市町村に対し再三要請を行ったと報じられています。さらに一日の接種回数100万回という目標を設定し、これを達成するために大規模接種会場を設置、加えて6月21日からは1000人以上を対象とした職場や大学などでの職域接種が始まりました。
こうしたなか、今年5月26日、首相官邸HPに「ワクチン接種これいいね。」自治体工夫集がアップされました。ここには「医療従事者確保」、「効率的な接種体制」、「自治体間連携」、「予約システム、円滑な予約体制」、「余剰ワクチン」、「大規模接種会場」、「移動手段確保」、「民間からの協力」といった項目別に、各自治体がそれぞれ工夫を凝らした取組が紹介されています。
 例えば効率的な接種体制の例として、東京都調布市は、集団接種会場において高齢者が会場内を移動せず、医師が巡回して接種を行う被接種者巡回方式を導入しました。高齢者は受け付け後、ブースの座席に座ったまま問診、接種等を受けます。この方式だと、高齢者が会場内を移動する方式に比べ、約2倍以上の効率化になるとのことです。
 また岡山県岡山市は、個別接種の病院・診療所や集団接種会場のワクチン移送を一元化、効率的に実施するため、「ワクチン集中管理・移送センター」を設置(運送業者に委託)しました。これにより、市内300超の接種機関の確保が可能となり、接種の加速化が図れるとしています。
 このほかにも、高齢者の接種会場までの移動手段について工夫をした自治体も複数あります。東京都昭島市では市内に事業所等があるタクシー会社3社と提携し、高齢者が市内の接種場所へ移動する際のタクシー利用について自己負担500円を超える費用について助成を行っています。また、秋田県仙北市や由利本荘市では、各地区の集会所などを巡回して高齢者を無料で送迎するバスを事前予約制で運行しています。さらに接種会場の運営や、会場の外に移動介助にあたる市民ボランティアを配置している自治体も多くみられます。
 まだ現時点ですべての項目に十分な事例が掲載されていませんが、こうした成功事例の情報は現場を預かる市町村のまさに知恵を絞った工夫の結実の共有であり、他自治体にとって非常に参考になる情報だといえます。
 実は、この「ワクチン接種これいいね。」自治体工夫集が官邸によって取りまとめられるよりも前に、自治体の現場同士では行政チャットで活発な情報交換がされていました。これは、コロナ禍で導入が進んだ行政専用の「LoGoチャット」というもので、特定のテーマでユーザーグループを立ち上げて交流できる仕組みになっています。全国の自治体では国から委託された事業遂行などに関し、共通する問題や悩みなどが生じるため、これを利用して情報交換を行ったり経験を紹介しあったりしているのです。実際に、このチャット内では市町村のコールセンターなどで使える住民向けFAQづくりが進み、誰かが想定される質問を書き込むとまた誰かが回答を書き加えるなどして徐々に充実させていったとのことです。こうした動きはネット上の場を活用した相互学習と相互参照といえ、個々の自治体における工夫を超え、非常事態における現場の実践力や対応力を飛躍的に向上させたと考えられます。

 そもそも、今回の新型コロナウイルスワクチン接種事業はどのような実施体制のもとに進められているのかといいますと、予防接種法における接種の事務をベースとし、国の主導的役割を踏まえて以下のような役割分担がなされています。
 まず国は、ワクチンの確保、購入ワクチンの卸売業者への流通の委託、接種順位の決定、ワクチンに係る科学的知見の国民への情報提供、健康被害救済に係る認定、副反応疑い報告制度の運営などを行います。
次に都道府県は、地域の卸売業者との調整(ワクチン流通等)、市町村事務に係る調整(国との連絡調整、接種スケジュールの広域調整等)、優先的な接種の対象となる医療従事者等への接種体制の調整、専門的相談対応などを担当します。
 そして市町村は、医療機関との委託契約、接種費用の支払、住民への接種勧奨、個別通知(予診票、クーポン券)、接種手続等に関する一般的相談対応、健康被害救済の申請受付、給付、集団的な接種を行う場合の会場確保等を行うことになっています。
 これをうけ、市町村は医療従事者以外の高齢者を含む一般の住民への接種事務を担当しているわけです。なお、ワクチンの接種・流通業務を効率化し事務負担を軽減する観点から、市町村と医療機関等の実施機関との間で締結されるワクチン接種の委託契約については、それぞれをグループ化し、グループ同士で包括的な契約(集合契約)とすることとされています。また、居住地以外(住民票所在地外)で接種が行われた場合には、費用請求・支払事務を国保連で代行することとされています。
 今回のワクチン接種事務に関して、国は「ワクチン接種円滑化システム(V-SYS)」をクラウド上に構築・活用しています。国・都道府県・市町村はワクチン等の割当量を調整し、卸業者は割当量に基づいて各医療機関等にワクチン等を配送、医療機関等は接種実績やワクチン在庫量を報告することになっており、これらの情報伝達・共有をV-SYS上で行っています。市町村は都道府県から割り当てられたワクチン量を確認し、医療機関ごとのワクチン分配を調整、医療機関別のワクチン分配量をこのV-SYSに登録しています。

 こうした事業概要において、市町村は接種事務開始前の段階で具体的に以下のような準備を求められていました。
①人的体制の整備
a.人材体制の整備
 新型コロナウイルスワクチンの接種業務の準備・運営に当たっては、平時の業務量を大幅に上回る業務が見込まれるため、組織・人事管理などを担う部署も関与したうえで、業務継続計画の発動も視野に、全庁的な責任体制を確保する。
b.担当部門の決定及び人員の確保
 新型コロナウイルスワクチンが実用化された場合に迅速かつ適切に接種を開始することができるよう、必要な執行体制を計画し、確保する。
〇以下の業務に係る棚卸・計画策定:①システム改修、②接種券等の印刷・郵送、③接種実施体制の検討・調整、④相談体制の確保など。
〇計画策定:必要人員数の想定、個別名入り人員リスト作成、業務内容の事前説明、業務継続が可能なシフト作成
〇外部委託でカバーする業務の選定:例としてコールセンター、データ入力など

②予防接種台帳システム等のシステム改修
 既存のシステムを必要に応じて改修し、以下に例示する業務などに対応できるようにする。接種記録の管理については、マイナンバーによる情報連携を接種開始と同時に開始することを想定しているものではないが、記録の適切な管理及び市町村間での情報連携等に有効活用するため、定期接種と同様、電子的な管理が可能な仕組みとすることが望ましい。
〇例示業務:個別通知等の発送対象者の抽出、通知等の印刷、接種記録の管理等

③印刷・郵送
 接種の案内、個別通知及び予診票等について印刷・郵送する(庁内印刷もしくは外部委託)。

④接種実施体制の調整・確保
・地域の医療関係団体等と連携して、接種の実施体制の構築の検討及び調整を行う。
・医療機関の診療体制やワクチンと接種可能な人数等を把握し、必要に応じ調整する。
・委託先医療機関、医療機関以外の接種会場を確保する。特殊な物品の購入等が必要となる場合には、予め準備を行う。
・ワクチンの接種の実施、接種費用の支払に係る委託契約を行う。
・ディープフリーザーの設置場所を選定する。
・医療機関等の接種会場別のワクチン分配量を調整・決定する(V-SYS)。

⑤相談体制の確保
・住民からの問合せ対応のためのコールセンター等を設置し運営する。
・住民への適切な情報提供(広報)を行う。
・医療機関が自ら行う場合を除き、接種予約受付の体制を整備する。


 周知のことながら、ワクチン供給のスケジュールが二転三転し、当初の予定より大幅に遅れたことから、上記の市町村が実施すべき様々な事務についてもそのすべてが影響を受けました。非常に流動的な環境において、一刻も早い域内での原則16歳以上の希望する全住民への接種完了というこれまで経験したことのない事務の遂行が求められており、まさに非常事態下でのミッションだといえます。
 例えば自治体での個別接種、集団接種に用いられるのはファイザー社製のワクチンですが、この扱いが非常に難しいため、自治体の側でこれを管理し、迅速かつ間違いなく接種できるようにするためのロジスティクス構築も求められています。ファイザー社製ワクチンは冷凍保管が必要になりますが、国としては医療機関で冷凍保管が必要なワクチンを適切に管理できるよう、マイナス75℃のディープフリーザー3000台、マイナス20℃のディープフリーザー7500台を確保し、これを全市区町村に対して人口規模に応じて可能な限り公平になるように最低1台を割り当てています。台数が限られていることからドライアイス入り保冷ボックスも準備する必要がありますが、保管できる日数に限りがあるため、自治体ごとに保管条件、配送の最小数量、使用期限等のワクチン特性を踏まえたうえで自治体内の接種会場を確保する必要があり、保管方法と接種会場別のパターンを組み合わせて配送、接種体制を構築しなければなりません。
 このように各自治体とも試行錯誤の中、情報を集め、知恵を絞り、様々な工夫をしてワクチン接種の事業にあたっています。その成果として、本年7月中に高齢者への接種を終えることができると回答した自治体は、5月中旬の時点では約57%だったところ、6月16日には100%の自治体が終えることができると回答しました。経験したことのない非常事態の中、懸命に工夫や調整を重ねてきた自治体の姿勢に頭の下がる思いです。

 こうした非常事態について今後は発生しないことが一番望ましいのですが、自治体における業務遂行という点では、良い効果をもたらす側面も見いだせると考えられます。すなわち、全国画一的な方法等ではなくそれぞれの地域に合った方法で、地域ごとに特色のある事業遂行の方法を考え出す。当初の方針、実施方法がうまく機能していないとわかれば修正すればよい、そうした柔軟性をスピード感のある実施の中で同時に追求していく。またロジスティクス構築や修正に際しての試行錯誤の過程は、相互学習と相互参照が非常に効果を発揮する。このような事業遂行方法は、どちらかというと定型業務が多い行政の通常業務ではあまり例を見ないケースだといえます。前例がなく、これまでのやり方が通用しない局面での臨機応変な対応が求められている今、各自治体の底力が垣間見えているともいえるでしょう。
 ただ、一日も早い国民へのワクチン接種が望ましいことは間違いないとしても、そもそもワクチンの入手が他の先進諸国と比べて非常に出遅れたということにおける政府の責任は棚上げされている反面、都道府県別の接種率が公表されるなど、接種事務について現場だけが急かされる構図には少々疑問を感じざるを得ません。国が設置した大規模接種会場についても、首相の発案で唐突に設置されたと報道されていますが、そのため、各自治体が想定していた接種および予約スケジュールと齟齬が生じ、接種券が届いていない住民は大規模接種会場に空きがあっても予約・接種ができないという状況が生まれました。当初の各自治体での接種予約において生じた混乱については修正・改善されるべき点が多かったと思われるものの、その後の様々な「ゴタゴタ」については、自治体だけに批判やしわ寄せがいくべきことでもないと思われます。

 今般の新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態においては、ワクチン接種だけに限らず、実に様々な場面で、国と自治体の役割分担や自治体の自主性・自立性といった地方自治に関わる重要な論点が浮かび上がってきているということができます。そもそも、感染症対策の要となる保健所についても、指定都市や中核市以外の一般の市町村においては自前で設置できないため、都道府県が設置する保健所の管轄に含まれることから、行政区画と保健所の管轄が異なります。このため、例えば現場ではどのようなことが起こるかというと、中部地方のある市町村の首長とお話しした際、「わがまちで陽性者が何名出たかという情報が保健所から入ってこないので、ニュース等の報道で初めて知り、びっくりする」とのことでした。情報共有の方法としてそれでよいのかという議論に加え、保健所の管轄や緊急時の業務量に見合った体制確保など、そのあり方についても地方自治の文脈のなかで再度検討される必要がありそうです。

<参照>
・厚生労働省健康局健康課予防接種室(2020)「新型コロナウイルスワクチンの接種体制確保について:自治体説明会①」2020年12月18日(https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000708055.pdf、2021年4月4日閲覧)。
・朝日新聞2021年6月5日付朝刊。