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動機づけられた推論
投稿者 野田 遊:2020年9月1日
COVID-19感染拡大抑制のため、2020年4月7日に、東京都、大阪府をはじめ7都府県に緊急事態宣言がだされ、その後全国に範囲が拡大されました。1、2カ月前にニュースでみていた欧米と同様、感染者激増と医療崩壊の危機を強く感じる事態となりました。
2020年3月初旬をふりかえってみると、日本はマスク着用や手洗いをする文化が浸透しており、感染が急速に広がることはないと思っていた人も多かったのではないでしょうか。また、東京や大阪と違って、自分の住む地域では感染は拡大しないだろうと思っていた人も多かったと推察されます。このような考えは、動機づけられた推論とよばれるものです。動機づけられた推論は、事前に何らかの信念があって、その信念に基づき、情報を主観的に取捨選択し、そして主観的に解釈する行為です。
たとえば、アンチ公務員の人に、公務員が実際に残業で懸命に働いているとどれだけ伝えたとしても公務員に対する批判的なイメージはあまりかわりません。アンチ自民党やアンチ安倍政権の人に、自民党の経済政策の実績を説明してもあまり評価されません。逆に、ご意見番の専門家が言うことは専門外であってももっともだと受け止められる傾向があります。
いずれのケースも何らかの事前の信念があり、その信念に照らして、情報が取捨選択されています。事前の信念には、政党支持の程度、政府を信頼している程度、所属している組織の文化、個々人のもっているパーソナリティ(楽観主義、悲観主義、利己主義など)があります。COVID-19の問題に関しては、日本のマスク着用や手洗い文化はウィルス感染を拡大させないという信念、あるいは、日本人は一斉に協調的行動をとるのに長けているため強制力がなくても外出自粛要請だけで揃った行動が可能で、感染を抑制しうるという信念です。
事前の信念は、市民の解釈や評価に強く影響してしまいます。このため、政策の分析においてもどのような文脈で市民が回答しているかに着目しながら、事前の信念を想定することが必要です。人が何らかのものを評価するとき、その評価対象に本当に焦点をあてて評価しているでしょうか。サービスの満足度を質問して、不満と回答する人は、サービスのことだけを考えて評価しているでしょうか。サービスを提供する組織に対するイメージやサービスをとりまく環境、あるいはそもそも社会に対して不満をもっている人は、サービスに不満と回答するのではないでしょうか。
政府に対する不信が事前の信念としてあり、それが動機づけられた推論を導くと、行政サービスが過小に評価されてしまいます。実際には、限られた財源や人的資源の中で、最善の努力のうえ政策を実施していたとしても、市民の満足度は低くなってしまいます。これは、政府に対する不信があり、本当はもっと生産性を向上できるのに、そのようにしていないと思われているからです。その結果、政府はどのようなことでも対応して当然だという市民からの高い期待水準が形成されてしまいます。
この問題の解決方法は、市民との対話や、広報と広聴を積極的に行い、市民に適切な情報をわかりやすく伝えることです。現状を市民に知らせるためには、統計情報よりも、エピソディックな情報の提供が効果的であることが行動行政学で明らかにされつつあります。また、継続的に情報を提供することも重要です。市民は一度受けた情報により誤った考えを改めたとしても、数週間が経過すると、事前の信念に基づき、またもとの考えに近づくことが検証されています。
当方が検証した研究(Noda
2020)では、自治体のおかれた状況を市長の声明にし、サービスの業績を写真で伝えると、サービスの業績について、市民の学習効果が得られることがわかっています。市民がサービスを評価するアンケートが多方面で実施されていますが、市民の事前の信念から生じるバイアスを想定し、できる限りわかりやすく市民に情報を提供することが、評価の前提として求められます。
以上
Noda, Y (2020). “Performance information and learning effects on citizen satisfaction with public services.”
Public Management Review.
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14719037.2020.1775281