政策最新キーワード
新型コロナ感染拡大防止措置と緊急経済対策
投稿者 中尾 祐人:2020年5月1日
2020年3月,新型コロナウィルスの感染拡大を警戒し,新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正する法律が成立した。これにより,新型コロナウィルス感染症は,「新型インフルエンザ等」とみなされ,新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「措置法」という)の対象となることとなった。
そして,同年4月7日,政府対策本部長である安倍晋三内閣総理大臣が7都道府県を対象に緊急事態宣言(措置法32条)を行った。さらに,4月16日には,緊急事態宣言の対象地域が全国に拡大された。緊急事態宣言が行われた場合には,措置法45条以下のまん延の防止に関する措置を実施することができるようになる。
措置法45条は,感染を防止するための協力要請等として,住民に対する外出自粛その他の協力の要請(1項),学校・社会福祉施設・興行場などの施設の使用制限等の要請(2項),を行うことができると定めている。しかし,1項に基づく住民への外出自粛の要請は,それに違反したとしてもそれ以上の手続は定められておらず,住民に対し具体的な法的義務を課すものではない。2項に基づく施設の使用制限等の要請については,それに違反した場合には要請にかかる措置を講ずるべきことを指示することができる(3項)とし,当該指示をした場合にはその旨を公表することとなっている(4項)が,公表以外に罰則等は定められていない。
行政法の世界では法律の留保の原則というものがあり,国民の権利を侵害し義務を課す行政活動を行うためには,法律の根拠を要することになっている。そのため,法律に定めがない以上は(たとえそうすることが必要であると政府が考えたとしても),住民が上述の要請や指示に違反した場合に,それを警察の実力行使によって実現したり,罰金を課したりすることはできない。
外国に目を向けてみると,より強制力の高い対策が取られている。例えば,米国,英国,仏国,伊国では,住民に対し外出制限を命じ,それに違反した場合に罰金等の刑罰を課すといったことが行われている。また,生活必需品を扱わない商店の封鎖を命じ,罰則によって担保するという例もみられる。日本でも,要請や指示に止まらない,より強制力のある措置を講じられるよう法改正を行うべきではないか,との議論が見られるところである。重要なことは,例えば罰則による強制が必要となってから立法を行うのでは対応が遅くなるということである。迅速な対応を行うことを可能にするためには,立法による事前の準備が求められる。
さて,日本では国や公共団体の活動に起因して損失や損害を被ったものには,補償や賠償を受ける権利が認められている。それが,損失補償および国家賠償の制度である。憲法29条3項は「私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために用ひることができる。」と定め,憲法17条は「何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができる。」と定めている。しかし,先ほど触れた措置法45条各項に基づく措置によって生じた損失や損害について,その補償や賠償を受けることができるかというと,難しいと言わざるをえない。
もし個別法上,補償や賠償の制度が定められていればそれを利用することができる。例えば,措置法は,知事は臨時の医療施設を開設するため,土地,家屋又は物資を使用することができる(49条)とし,その場合には当該処分により通常生ずべき損失を補償しなければならない(62条1項),と定めている。そのため,例えば,軽症者向けの医療施設を開設するためにホテルを貸し出した者は,金銭補償をうけることができる。また,措置法31条1項は医師,看護師に対し新型コロナ感染の疑いのある患者への医療を行うよう要請することができると定めているが,当該医師,看護師がそのために死亡・罹患した場合には,その損害を賠償する(63条1項)と定めている。
しかし,措置法45条に基づく要請や指示については,補償や賠償の定めはない。もちろん個別法上に補償や賠償の定めがない場合でも,損失補償や国家賠償を請求することができないわけではない。それが憲法29条3項に直接基づく損失補償請求,及び国家賠償法に基づく国家賠償請求である。
憲法29条3項に基づく損失補償請求が認められるためには,その損失が「特別の犠牲」に該当しなければならないというのが一般的な理解である。そして,「特別の犠牲」に当たるかの判断において侵害行為の強度が重視される。先ほど述べたように,措置法45条に基づく要請や指示には強制力がないので,この点がネックになる。もちろん,施設の使用制限の要請(2項)に違反した際になされる指示(3項)については,それにあわせて公表(4項)が行われる点に着目し,この点に侵害行為の強度を見出すことも不可能ではないが,その他の要素についても考慮すると,損失補償請求が認められるのは容易ではないといえる。
国家賠償請求が認められるためには,原因行為が「違法」に行われたことが必要である(国家賠償法1条1項)。住民に対する外出自粛の協力要請,施設の使用制限の要請の要件は,「新型インフルエンザ等緊急事態において,新型インフルエンザ等のまん延を防止し,国民の生命及び健康を保護し,並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要がある」ことであるが,その判断において知事には裁量が認められることも考慮すると,この違法性が認められるのは難しいであろう。また,施設の使用制限について指示を行うための要件はそれが「特に必要」であることであるが,その違法性も容易には認められないであろう。さらに,もし仮に違法性が認められたとしても,どこまでの損害が当該要請ないし指示によって生じた損害であるかという損害の範囲の問題もでてくる。
このように,措置法45条に基づく要請や指示に従って売り上げや収入の減少が生じたとしても,その填補を国家等に請求するのは難しい。しかし,現に,事業継続の困難,生活の困窮は生じている。そこで注目されるのが,これらの制度とは切り離された形での給付金等の緊急経済対策である。例えば4月7日の閣議決定では,①事業者等への支援として,中堅・中小企業に対し上限200万円,個人事業主に対し上限100万円の金銭給付を行う制度の創設,②世帯・個人への支援として,収入が減少した一定の世帯に対し30万円の給付を行う制度の創設が挙げられていた。その後,4月20日の閣議決定により,②の制度は国民一人当たり10万円を一律に給付する制度へと変更された。都道府県が独自に給付金の制度を創設しようとする動きもある。例えば,東京都は休業要請に全面的に協力した事業者に対して50〜100万円の協力金を給付するとしているし,京都府も休業要請に協力した事業者に対し10〜20万円の支援金制度を創設するとしている。ここに挙げたものはほんの一例であり,この他にも多くの対策が行われている。
今後たとえ新型コロナウィルスが鎮静化したとしても,日本経済は既に大きなダメージを受けている。今回の(そして,これからの)経済対策がどれほどの効果を上げることができるのか,注目していきたい。
参考URL
「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策 ~国民の命と生活を守り抜き、経済再生へ~」(令和2年4月20日閣議決定)
総務省 特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連)
東京都感染拡大防止協力金のご案内
京都府休業要請対象事業者支援給付金について