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新型コロナウイルスと危機管理政策
投稿者 新川 達郎:2020年4月1日
1 危機管理政策とは何か
執筆時点で日本も世界も、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)という重大な危機に直面している。人から人への強い感染力と、高いところでは患者の10%に達する死亡率が、世界各国の人々に重大な災厄となっている。また同時に人類がこれまで創り上げてきた保健医療システムに対する重大な挑戦にもなっている。
実は近年私たちはこうした災厄に頻繁に直面することになっている。一つは自然災害であり、地震や津波、台風、水害などである。いま一つは、福島第一原子力発電所事故のような人の活動に起因する事故災害である。そして今回の新型コロナウイルスもそうした重大な災害の一つである。
災害対策も個人的に、個別的に対処できる範囲であれば、政策的には個人の福祉や健康を守るそして暮らしを守る個別的な対応でよいし、従来からそうした体制は健康保険制度や生活保護制度などで確保されてきた。また、経済活動、事業活動についても、個別の問題に直面した時の事業支援策は、特定の産業や業態について、例えば中小企業や商店街などについて振興策等がとられてきた。
しかしながら大規模な自然災害や人為的災害、そして今回の新型コロナウイルスのような場合には、従来の個別対応では問題解決ができないし、被害を抑制することもできなくなる。つまり、緊急の大規模な災害が社会全体に一挙に影響を及ぼすことがあり、その対応は従来型の対策ではなく緊急時に即応した対策を私たちは準備しなければならないのである。
危機管理政策(リスク・マネジメント・ポリシー)は、そうした災害対策の基本的な考え方であり、それに基づいた危機管理計画が非常緊急事態には発動されて問題への対処をすることになる。通常この危機管理計画は、あらかじめ危機事態を想定し、その危機の度合を評価し、事前の対応策をとるとともに、緊急事態発生時の行動そして災害からの回復措置を準備することになる。
具体的な危機管理の手順について整理しておこう。
第1に、危機の予防である。そもそも危機事態が発生しないように芽の段階で摘んでおくという意味で、危機発生を予防するのである。危機が発生しない行動や環境を用意することが基本となる。
第2に、危機事態の把握である。いくら予防しても、危機事態は外部から発生してくることが多く、また想定できないような危機も多い。そうした危機事態や状況を把握することや、想定外の危機があることを認識しておくことが重要となる。
第3に、そうした危機の評価をおこなう。この危機事態によって国民の生命や財産などにどの程度の損失があるのかを評価するのである。危機によって生じる損失・被害を評価するのは、復興に必要な金銭的な価値が用いられることもあるが、人命や社会文化、歴史風土、自然景観など金銭価値に換算できないものも多い。そうした観点も可能な限り取り入れつつ、評価していく。そしてそれらの対策の評価を行い、危機対策にかかるコストを評価するのである。これが危機管理対策にどこまでの資源を振り向けるかのコスト計算の基礎となる。
第4に、危機事態がどの様なものであるのかの検討の結果から、具体的な危機対策の行動方針と行動計画を案出し検討することになる。とりわけ危機事態にあっても組織や活動の維持ができるかどうか、いわば業務継続計画(Business
Continuity Plan: BCP)が課題となる。
第5に、危機事態が発生すると、それに対して対応方策の発動が的確に行われることである。具体的な危機管理の行動計画を発令し、あるいは指示するのである。業務継続計画が機能することにもなる。
第6に、危機事態に対して発動した対応策が、危機状況に対して有効であるかどうかを再評価しなければならない。危機事態にあってそれを生き抜くことができるかどうかが問われるのである。
危機事態の対応評価は、さらに二つに分かれており、一つは、危機内再評価である。危機発生中において、危機管理の行動計画に基づいて実施されている点・または実施されていない点について効果の評価を随時行い、行動計画に必要な修正を加えることになる。
いま一つは、事後再評価である。危機事態の終息後に危機対策の効果の評価を行い、危機事態の再発防止や危機事態対策の向上を図ることになる。
日本の大規模災害対策等については、災害対策基本法が制定され、関連諸法とともに、災害対策の基本的な方針や計画が、国と地方自治体で策定されている。そこには自然災害から事故災害、疫病の大流行まで含めて危機事態が想定され、それに対する予防措置や緊急事態発生時の対策、緊急時の救援策、災害後の復旧復興策などが計画されている。またそれらを進めるための災害対策本部体制や幅広く社会全体の各種団体・組織や事業者を加えた対応体制の準備もされていることになっている。
今回の新型コロナウイルスについていえば、確かに感染症対策についても、災害対策の基本方針や計画に盛り込まれているし、医療や保健所に関する諸法による対策が進められている。また新型インフルエンザ対策のために制定された感染症対策特別措置法を改正適用することにした。
さて、今回の新型コロナウイルス感染症への対策は、まだこれから感染のピークを迎えることになる。事態の終息の予測が立てられないこと、被害が生命健康だけではなく社会経済全体に行き及び始めていることなど、いわば想定外の大災害となっている。危機管理政策にとっても重大な試練なのである。この危機管理政策問題について、2020年3月末時点での限られた範囲ではあるが、以下、検討をしてみたい。
2 新型コロナウイルスによる感染症の拡大
新型コロナウイルスの感染は日本でも世界でも広がっている。すでに多くの方々が治療を受け、残念ながら亡くなられている。昨年12月に中国で発生が報告されて以来、世界的流行とされるパンデミックが世界保健機構(WHO)から宣言されている。3月31日19時時点でみると、厚生労働省の発表では日本の感染者数1963名、死者56名、横浜港に着いたクルーズ船の感染者は712名、死者は11名となっている。WHOなどの報告によると3月30日には世界全体でみると、感染者数690646名、死者33045名となっている。すでに終息に向かっているとされる中国や、感染拡大のピークを越えたとされる韓国などを除けば、世界各国で、そして日本でも指数関数的に感染者数が増えている。3月末時点では、ヨーロッパや北米の感染の増加数が著しいが、今後は、他の国々や地域にも広がっていくのではないかと懸念されている。私たちの身近でも感染者や犠牲者の情報はあり、3月31日現在で京都府でも54名の感染者数となっているし、近畿圏の6府県で411名が感染していると確認されている。
新型コロナウイルスによる感染は、一つはくしゃみや咳などによる飛沫を吸い込むなど通じての感染であり、いま一つは飛沫が付着した身体や物体を介して感染する接触感染といわれている。そのため、咳やくしゃみのエチケットとしてマスクやハンカチ、袖などで飛沫が飛ばないように抑えることや、外出などでウイルスが付着しやすい手を頻繁に洗って感染の媒介を防ぐことなどが、自衛手段として強調されている。また、社会的距離戦略が重要であるとして、密閉された空間(密閉空間)を避けること、多くの人が集まる場所(密集場所)に行かないこと、他の人と身近に接して会話などをする機会(密接場面)を避けることが、強く推奨されている。具体的には、大規模イベントや集会、ライブハウスや飲食店などに注意するように指摘されている。
感染の特徴から、少人数の集団(クラスター)における感染の広がりがみられる。具体的には、病院、福祉施設、歓楽街の飲食店やクラブなどで、数人から数十人規模の小規模なクラスターによる感染が発生している。学生のまち京都では、大学生の行動の中で、こうしたクラスターの発声が懸念されている。
しかしながら、流行が進む時期になると、感染経路を特定できない場合も発生しており、それが急激な感染拡大(爆発的蔓延=オーバーシュート)につながる恐れがあるといわれてもいる。首都圏や関西圏など大都市地域では、その傾向が見られ始めているのである。
この間に、同志社大学においても、感染症対策として集会や出張の自粛が進み、3月の卒業式や4月の入学式など大規模集会は中止としている。また人と人とが対面する機会を極力減らすために、4月の授業の実施を遠隔方式に変更するなどの対策をとっている。こうした方針は、国や地方自治体による感染症対策に基づく自粛要請によるものであるが、同時に、大学としての災害対策の観点から自主的に判断して行動しているところでもある。こうした自粛は、大学や学校の休校に限らず、地方自治体や事業者の企業活動においても進みつつある。
諸外国で蔓延が進んでいるところにおいては、すでに報道されているように、外出禁止や都市の封鎖(ロックダウン)が実施され、強制的な隔離が進み始めている。日本でも、新型インフルエンザ特別措置法を改正して新型コロナウイルス感染症に適用することとした。この改正特別法に基づいて非常事態宣言をすれば、私権制限を含めた強制的な措置をとって感染症対策を進めることができる。3月末時点では、いまだその状況にはないというのが日本国政府の判断であるが、今後の動向は予断を許さない。地域的にみても、大都市圏を中心に爆発的蔓延が進む可能性もあるとみられている。その引き金となる感染ルートを特定できない感染者が急速に増え始めたとき、移動の制限や事業活動の中止などを含む強制措置が指示される緊急事態が宣言される可能性もある。
3 日本における新型コロナウイルス感染症対策の経過
この感染症をめぐっては、中国の武漢における発生から最初の日本での感染者確認がある2020年1月には、日本国政府も監視体制や検疫体制の強化を行った。特に航空会社などで乗客に健康カードの記入の依頼や、自己申告の呼びかけ、流行地域からの入国者の健康状態の把握に努めている。また2月1日には、感染症法に基づく「指定感染症」と検疫法の「検疫感染症」に指定する政令を施行した。新型コロナウイルスを指定感染症として、地方自治体の届け出義務や感染患者に対する措置の方法、患者の退院や就業制限について通知している。なお国立感染症研究所の検査以外にも地方衛生研究所の検査体制整備も進めている。国民への呼びかけとしては、新型コロナウイルスの感染が広がっていることから、手洗い、咳やくしゃみのエチケットとしてマスクの着用などを要望している。また、帰国者・接触者相談センターを設けて、一定の症状のある場合の帰国者接触者外来の紹介をすることを告知している。
2月3日にはクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の横浜到着があり、3週間以上船内で隔離するなどの経緯もあって批判もされたが、700名を超える感染者があった。また、中国の武漢からの帰還のためのチャーター便を飛ばしたが、そこからも感染者が発見された。
国内での感染者が2月中に200名近くになり、政府は基本的な対策について新型コロナウイルス感染症対策本部決定による基本方針を、2020年2月25日に明らかにしている。そこでは、感染症の早期終息を目指すこと、患者の増加速度を抑制し流行規模を抑えること、重症者の発生を最小限にすること、社会経済へのインパクトを最小限にすることが掲げられている。そのために、指定医療機関では重症者を優先すること、今後は一般病院でも受け入れ態勢を構築すること、また国民には軽症の場合には外出自粛、感染しやすい場所に行かない、事業者等にはクラスターの発生など感染確認があった場合には関連施設の休業やイベント自粛、時差通勤やテレワークなどが求められることになった。この基本方針発表の翌日2月26日に安倍首相は大規模なスポーツ・文化イベントの2週間自粛、そして28日には小中学校と特別支援学校の3月2日から春休みまでの臨時休校の要請を求めた。25日段階では、地方自治体の判断にゆだねられていた休校等の措置は、全国で一律に進められるものに変化した。もちろん休校はそれぞれの地域の事情に応じた柔軟な対応を求めた文部科学省通知もあって、一律ではなかったが、ほとんどの学校の休校が行われることになった。
3月に入っても感染者数は増え続け、3月13日には、新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正が成立し、14日には新型コロナウイルスにも適用されることになった。これによって、3月26日には、法律に基づいて、新型コロナウイルス感染症のまん延のおそれが高いことが厚生労働大臣から内閣総理大臣に報告され、同日に、法に基づく政府対策本部が設置された。そしてこれ以降の焦点は、事態の推移に従って、非常事態宣言を出すかどうかが争点になっている。なお政府の緊急事態宣言は首相が地域を指定して行うが、当該地域の都道府県知事には、臨時の医療施設開設などのための土地建物の強制的使用、医薬品や食料の共生的収用、外出自粛やイベント開催制限の要請や指示、学校や商業施設の使用制限の要請や指示ができることになる。
この間も、実質的にはイベントの自粛や休校が続くが、地方自治体として緊急事態宣言をして一定の効果を得られた北海道では感染の増加が止まり始めた。その一方では全国的な感染者数の拡大はとどまらず、マスクをはじめとする医療物資や生活物資の不足が問題になり、経済活動も停滞して生活問題になり始めてきた。そのために個別に物資の安定供給に向けての対策をとりつつ、また感染に関するサーベイランスや患者対策を進めてきた。
そして3月28日には、政府の新型コロナウイルス感染症対策本部決定として、新たな対処方針を明らかにしている。そこでは危機管理上の重大な課題として、国民の生命を守る方策をとったが、大規模流行の恐れは依然強いという危機感を示している。そのために全般的方針としては、クラスター対策等による感染速度の抑制、サーベイランスと情報収集及び医療提供による重症者と死亡者発生の低減、経済・雇用対策による社会経済機能への影響の抑制を掲げている。そして具体的な重要事項には、1.情報提供・共有による国民の感染防止への適確な行動、2.サーベイランス・情報収集を進める患者の把握や検査体制強化、3.まん延防止として都道府県や市町村等による外出やイベントの自粛要請、健康観察やクラスター対策、事業者と連携したテレワーク、外国からの水際対策など、4.医療については感染の状況に応じた地域ごとの医療体制の確保、5.経済・雇用対策としてフリーランス等の雇用対策や生活保障、事業者等の事業継続支援、6.その他留意事項として人権への配慮、物資・資材の供給確保、関係機関との連携などがあがっている。
4.危機管理政策の課題
新型コロナウイルス感染症問題は、現在進行中でなお被害が拡大中の危機事態といえる。その最中にあって、危機管理政策上の課題として、危機管理の基本に対応させながら現時点で指摘できそうな点に触れておきたい。これらはまた、今後の危機管理政策における重要な論点でもある。
第1には、予防ないしは防止という観点からの危機管理である。想定外のウイルスということもあるが、そうした事態への対応がこれまでにも指摘され準備されてきていたはずである。被害の程度についての評価や、あらかじめ対策にかけるべきコストの算定が妥当であったのかという問題が指摘できよう。韓国との比較では感染症対策のための医療や検査体制の準備不足も指摘される。感染症対策における危機事態の評価が適切であったかどうか、想定外であれ危機の規模を低減できる対策をとることができていたかどうかは、事後的にであれ、検証しておく必要があろう。
第2には、感染症対策発生時の緊急時対応である。今回の新型コロナウイルス感染症への対応については、初動期の遅れと同時に拙速な根拠のない対策がしばしば批判的に指摘されている。医療崩壊を防ぐとかパニックの防止とか深読みをする向きもあるが、優先順位付けが明確であったのか、そしてはやりの言葉でいえばエビデンス(根拠)に基づく政策決定であったのかが問われることになる。
第3には、危機事態発生後の危機管理に対する評価と修正が適切に実施できたかである。危機事態に際して管理の実施段階においては、状況の進展に応じて政策の適確な変更が必要となるが、そうした対応ができていたのかが問題になる。
第4には、発生後の対応と関連するが、基幹的な業務や機能の継続が、一時的には中断されるかもしれないが、回復ないしは継続できているかであろう。業務継続計画が機能しているかが問われている。
第5には、危機管理政策が危機事態終了後に機能できたかどうかの評価分析は必須であるが、これは今後の課題といえよう。
最後に、危機事態の終息後の復旧復興である。これまた今後の課題となるが、危機事態の最中にあっても、災害後の事態を適確に想定し復旧復興に備えておくことは、復旧復興の速度を上げることになる。復興の速度が上がることは、実は被災の程度を大きく縮減することにもつながるのである。
これらの問題は、政府や地方自治体の課題にとどまらない。大学や各種団体、企業や事業者そして家庭や個人においても、考えておくべきところが多いのではないだろうか。そして、次に備えることが本当は重要な課題かもしれない。