このページの本文へ移動
ページの先頭です
以下、ナビゲーションになります
以下、本文になります

政策最新キーワード

パンデミックが加速する教育の個別最適化

投稿者 田中 宏樹:2021年11月1日

投稿者 田中 宏樹:2021年11月1日

 新型コロナウィルスの世界的大流行(パンデミック)は、社会のあらゆる分野で混乱を生じさせた。教育も、また然りである。ただ、少なくとも、初等中等教育段階までに限れば、感染拡大の混乱の中で、未来を見据えた変革の芽が息吹きつつあると、私には思える。それは、学びの「オーダーメイド化」だ。公平性と卓越性が両立した学びと言い換えてもよい。
 2020年2月からの一斉休講、オンラインによる自宅学習の開始、夏休みの短縮、クラブ活動や修学旅行の中止など、児童生徒も、親も、教員も悲鳴を上げているのになぜ?と思うかもしれない。確かに、「あまねく均等に」という日本のこれまでの教育理念を具現化するための「集団・一斉・対面」の授業形態は、パンデミックで機能不全に陥った。代わって「個別・分散・非対面」の学びに、教育の現場は向き合わざるを得なくなった。「マスからオーダーメイドへ」-パンデミックは教え方・学び方の問い直しを迫ったといえる。
 コロナによる混乱と引き換えに初等教育が得た具体的な収穫は、40年ぶりに学級編成の標準が見直され、2021年度から35人学級が実現したことだ。少人数学級化が進めば、児童生徒一人一人に教師の目が行き届きやすくなる。加えて、教育のICT化を進める「GIGAスクール構想」にも加速度がついた。早々と導入した学校では、児童生徒がタブレットで「AIドリル」に取り組み、個別に苦手分野を集中学習できる環境が用意された。あくまで、学ぶ側、教える側のデジタルスキルの向上が大前提だが、教科学習のうち、漢字の書き取りや計算ドリルといったルーティン化された内容は、個々の理解度に応じた進度での学習が可能となった意義は大きい。これらは、コロナによって引き起こされた教育の変革である。
 パンデミックに先行してAI型教材を取り入れていた麹町中学校では、個々の学習進度を踏まえた機械学習によって、数学に割かれていた定型的な教科学習の時間が半分近くに減少し、対話型や協働型の探求的な学びに取り組む時間が生まれたと聞く。教育先進市として名高い戸田市の小学校では、登校してきた児童に対して、「校内オンライン」と呼ばれる複数クラスを一人の担任が受け持つオンライン授業を実施した結果、手の空いた他クラスの担任が、つまずいている児童の個別指導に当たれる機会を手に入れられたという。
 AIが普及する未来では、答えのない問題に答えを出せる人材がますます必要になる。これまでにも増して、主体的に判断し、活動できる能力の重要度が増すはずだ。個々の理解度に応じ個別最適化された定型学習は、学校で学ぶ児童生徒に探求的で非定型的な学習に割く時間的余裕を生み出すとともに、いかに学ぶかという学習形態の選択肢を提供することに貢献すると思われる。「そうした選択を行えるのは、能力の高い一部の子どもに限られ、それ以外の大半の子どもは、個別最適化の学びの恩恵を受けられないのではないか」-確かに先天的・後天的能力の差は、個別最適化学習の普及によって顕在化するかもしれないが、個々の個性を伸ばす可能性の芽を摘む理由としては、やや力不足に感じる。
 教育格差には凹の格差と凸の格差がある。凹の格差は学習機会の公平性を確保する観点から解消を目指すべきだが、凸の格差は格差というよりも、児童生徒の能力や個性の違いから生まれる多様性であり、無理やり均すのは卓越性を犠牲することにつながる。オンライン教育を滞りなく受けられるネットワーク環境の整備など、凹の格差の解消が「オーダーメイド」学習の大前提であるが、凸の格差をもたらすことを過大に問題視すべきではない。
 「集団・一斉・対面」の従来型の授業形態ゆえに、取り残されてきた低学力の児童生徒にこそ恩恵がおよぶという意味で、個別最適化学習は、教育機会の公平性にも資するものだ。自学自習の習慣のない子どもに向けて、教師による対面学習は継続されるべきであり、学校教育の現場から消滅することはないだろうが、その比重は小さくなっていくだろう。重要なのは、個別最適化学習と集団対面学習とを組み合わせたハイブリッドな授業形態で、児童生徒の学びの選択肢を多様化することであると主張したい。


〈参考文献〉
貞広斎子(2020)「パンデミックが加速する学校システムの変革と課題-Society5.0時代 の教育の質保証と社会的公正確保に向けて-」教育制度学研究2020』Vol.27、pp.24-42
神野元基(2017)『人口知能時代を生き抜く子どもの育て方』ディスカヴァー・トゥエン ティワン