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オングウェン事件とウガンダにおける移行期の正義

投稿者 小阪 真也:2021年5月1日

投稿者 小阪 真也:2021年5月1日

 世界各国で新型コロナウィルスに関するニュースが駆け巡る中、2021年2月4日にオランダのハーグに置かれた国際刑事裁判所(ICC:International Criminal Court)がドミニク・オングウェン被告に対して有罪判決を下しました。
1000ページを超える判決文の中で挙げられた罪状は、国際刑事裁判所に関するローマ規程(ICC規程)第7条「人道に対する罪(Crimes against Humanity)」や第8条「戦争犯罪(War Crimes)」であり、前者は非軍事要員である文民を対象にした組織的な殺人や拷問、後者はいわゆる国際人道法の1つである1949年ジュネーヴ諸条約によって保護される非交戦者である文民や財産への損害を含みます。検察側が挙げたオングウェン被告が2002年7月1日から2005年12月31日までの間に行った避難民キャンプへの攻撃や性暴力など70件の行為の内、61件が有罪とされました。オングウェン被告に対する有罪判決の意義について理解するためには、同被告が元司令官として活動していた反政府組織である「神の抵抗軍(LRA: Lord Resistance Army)」とウガンダ政府との間で1980年頃から起きている内戦の経緯について知る必要があります。

ハーグの国際刑事裁判所(ICC)

 ウガンダ北部における内戦について簡潔に説明すると、冷戦後に新たに独立して統治構造が発展途上の中で発生した政権交代をめぐる争いを直接的な要因としていると考えられます。ウガンダは第二次世界大戦後の1962年に独立を果たしました。独立後に政権をめぐってクーデターや内戦が続き、1986年に国民抵抗軍(NRA:National Resistance Army)と呼ばれるグループを率いていたヨウェリ・ムセベニ(Yoweri Museveni)現大統領が当時のティト・オケロ(Tito Lutwa Okello)政権を武力により転覆し、政権の中枢に就くことで一応の安定に向かいます。しかし政権を武力によって奪取された側である前オケロ政権の構成員および支持グループは、出自であるアチョリ民族が多く住んでいるウガンダ北部に逃走し、ムセベニ政権に反発する活動を続けることになります。1987年には武力集団が結成され、1991年には集団を率いるジョセフ・コニー(Joseph Kony)の主導で現在のLRAと武力集団の名称が改められます。以後LRA側の規模の縮小はありつつも、2021年現在までウガンダ政府とLRAの間での内戦が続けられている状態になります。例えばウプサラ大学が管理する世界で起きている紛争の規模や死者数を管理しているウプサラ紛争データプログラムでは、紛争当事者をLRAに限定して調べると、ウガンダ北部グルー県やキトグゥム県周辺の紛争で1989年から2019年までで確認されている死者数が1万1523人存在すると報告されています。
以上の経緯の中でオングウェン被告が自発的にLRAに参加したかというと、実はそうではありません。判決文の中でも触れられている通り正確な戸籍情報は存在しないものの、1978年に生まれたとされるオングウェン被告のLRAでのキャリアは、10歳頃に誘拐され、少年兵として強制的に動員されることでスタートしました。上述した罪を犯したのは、同被告が24歳から27歳の頃でした。成人よりも人件費や衣食住の経費がかからず、また戦闘行為に従属させやすい子ども兵の動員は各国の武力集団に散見されますが、LRAの場合は国連児童基金(UNICEF)ウガンダ事務所に提出された調査レポートで2006年の時点で約6万6000人の14歳から30歳までの者を誘拐していたと推計されています。なお、ウガンダにおける紛争中に子ども兵を動員したのはLRA側だけではありません。ムセベニが率いていたNRA側にも同様に子ども兵を動員した実態があったことについて、例えば元子ども兵で後にケープタウン大学に進学し博士号を取得した学生の証言として2020年に公表されているものが存在します。
オングウェン事件については、単純に戦争犯罪者が成功裏に訴追され、有罪とされた、ということだけではなく、以下のように多面的に本事件への正義の追求の意義について考えることのできる題材であると言えます。
第1に、仮に過去に少年兵として強制的に動員された事実があったとしても、その事実が他者に対する戦争犯罪行為を行ったことへの免罪符にはなりえないとするICC側の見解を示した初の判決として国際刑事法学上は評価ができるでしょう。もっともICC規程上は第26条で規定されている通り犯罪実行時に18歳以上の者のみが訴追対象とされているため、厳密に述べれば、18歳以前に強制的に兵士として動員された経緯が存在する場合でも18歳以後の時点で罪を犯している場合には訴追され有罪判決を受けることがある、ということになるでしょう。オングウェン被告については上述した2002年から2005年までの同氏が24歳から27歳の頃に犯した犯罪行為が問題とされ、有罪判決を受けているわけです。なお18歳未満の少年兵の行為に対する訴追について、例えば2002年にアフリカのシエラレオネに設立されたシエラレオネ特別法廷(SCSL: Special Court for Sierra Leone)でも問題となりましたが、2000年の国連事務総長報告書において設立前から国際刑事法廷以外の対応が求められたように、ICCを含む各国の国際刑事法廷ではこれまで訴追対象とされていない流れがあります。

2008年に国際刑事犯罪局(ICD)を設置したウガンダ高等裁判所

 第2に、現代における戦争犯罪への刑事司法的な対応の実像を示した事例であると言えるでしょう。有罪判決までのスピードを考えると、ウガンダ政府による自己付託を受けてICCが捜査を開始したのが2004年7月29日、オングウェン被告が投降し逮捕されたのが2015年1月16日、有罪判決が出たのが2021年2月4日ですので、捜査開始から1人の有罪判決が下されるまでに15年以上かかっています。ウガンダ北部の紛争で行われた戦争犯罪については、オングウェン事件を除くと、国内での戦争犯罪の捜査・訴追のために2008年にウガンダ高等裁判所内に設立された国際刑事犯罪局(ICD: International Crimes Division)で2011年から扱われているトマス・クォイェロ(Thomas Kwoyelo)事件のみの審理が行われている状況です。なお戦争犯罪の処理件数について、国際法廷としては例えば旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所(ICTY: International Criminal Tribunal for the Former Yugoslavia)が1993年から2017年の閉廷までで161人を訴追し、90人に有罪判決を出しています。上述したSCSLの場合は2002年から2013年の閉廷までで13人を訴追し、9人のみに有罪判決を出しています。現在までの実行を観る限り、戦争犯罪に対する国際刑事法廷を通じた正義の追求は訴追・審理の件数においては限定的で、犯罪行為の実行に際してより重大な責任を持つ者が訴追されている状況にあります。
それでは国内法廷でそれ以外の数万人規模の紛争被害者を生み出した多数の加害者の戦争犯罪が裁かれているのかというと、そのような実態も多く観られるわけではありません。例えばヨーロッパ連合(EU: European Union)やヨーロッパ安全保障協力機構(OSCE:Organization for Security and Co-operation in Europe)、そしてICTYなどの継続的な支援を受けながら国内での戦争犯罪訴追・審理に取り組むボスニアでは、2004年から2019年までの15年間で873人の被告人を対象とした577件のみの戦争犯罪事件の審理が完了している状況であるとOSCEに報告されています。実は世界的に考えるとボスニアのように10年以上継続的に国内でのまとまった数の戦争犯罪の捜査・訴追・審理の実態が観察できる国の方が珍しいですが、これでも戦争犯罪の訴追が遅れているとして、支援を行っているOSCEや国内外の人権団体などに批判されています。身近な例を挙げると、日本国内の裁判所で2019年の1年だけで新たに取り扱われた刑事事件の被告人の人数は88万5383人ですので、単純に国内の通常の刑事事件と戦争犯罪の捜査・訴追・審理に同様の実態が存在すると捉えることは現状では難しいです。戦争犯罪に対する刑事司法の対応の遅れについて、現地の政治的安定を損なう可能性があるため捜査・訴追がなかなか行われない、という説明も観られますが、そもそもシステマティックに数千から数万という規模の戦争犯罪の加害者を訴追すること自体能力的に可能なのか、可能だとしたらどの程度の期間を要するのか、戦争犯罪に関する証拠・証人の数、捜査手段、司法手続きなどで国内刑事事件とは根本的に異なる対応が求められるのではないか、といったことも併せて考える必要があると思われます。

ウガンダで設立された恩赦委員会事務所

 第3に、したがって本事例は戦争犯罪の問題に対応する方法として国際・国内刑事司法による捜査、訴追、審理を主軸に置くことができるのか、改めて考える機会を提供していると考えられます。第1の点で触れた少年兵の問題も、日本国内の「少年事件」のような扱いは司法手続きとして一般的には採用されておらず、ウガンダの例を挙げれば、ICCの被害者信託基金と現地の非政府組織による医療的・心理的ケアやリハビリテーションなどの損害回復、ウガンダ国内で2000年に制定された恩赦法(Amnesty Act)に基づく恩赦の認定や、恩赦を認定する恩赦委員会(Amnesty Commission)による社会再統合プログラム、各村落の伝統的な正義を追求する儀式などが刑事司法を代替する主な対応として行われています。「移行期の正義(Transitional Justice)」は、簡潔に述べれば体制移行期にある国々が過去に紛争などで発生した戦争犯罪などの大規模な人権侵害に対処するための諸政策を指しますが、この分野が刑事司法のみを単純に罪へ対応する方法としてとらえない現実的な理由の1つもここに見出すことが可能だと考えられます。少年兵の境遇を考慮する必要がある一方で、単純に援助の受益者とすることや恩赦を認定して罪を赦す対象としてとらえることで良いのか、罪を審理して刑罰を科すことの代替措置はどの程度まで正義を追求している「正しい行い」と考えられるのか、ウガンダと同様に過去の大規模な人権侵害の問題を抱える多くの国々が政策を模索している状況にあります。

参考資料
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川口博子(2017)、「ウガンダ北部紛争をめぐる国際刑事裁判所の活動と地域住民の応答」、『アフリカレポート』55号、36-46頁。
日本国最高裁判所(2020)、「裁判所データブック2020」、https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2020/DB2020/00_db2020_contents.pdf(2021年4月10日最終アクセス)