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子どもの幸福度

投稿者 藤本 哲史:2020年11月1日

投稿者 藤本 哲史:2020年11月1日

ユニセフ・イノチェンティ研究所が2020年9月3日に発表した「レポートカード(RC)16」(Worlds of Influence: Understanding what shapes child well-being in rich countries)は、先進国の子どもたちの幸福度の実態を明らかにしている。レポートカードとは「通信簿」「成績表」を指す。この報告書は、経済協力開発機構(OECD)または欧州連合(EU)に加盟する41カ国を対象に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発生前の国連等の統計データを使って子どもたちの幸福度について国際比較を行ったものである。

RC16では子どもの幸福度を、精神的幸福、身体的健康、スキルの3側面で捉えている。精神的幸福度は、ポジティブな指標の「生活満足度(15歳時)」とネガティブな指標の「自殺率(15~19歳の子ども10万人あたりの自殺者数)」を用いている。身体的健康は「子どもの死亡率(5~14歳)」と「過体重・肥満率(5~19歳)」を、そしてスキルについては15歳の子どもの「学力(読解力と数学の学力)」と「社会的スキル(すぐに友だちができる)」を指標として用いている。

 RC16によると、これら3つの側面を総合的に評価して子どもの幸福度が高い国のトップ3はオランダ、デンマーク、ノルウェー、そしてワースト3はチリ、ブルガリア、アメリカ合衆国である(図1参照)。

図1 先進国の子どもの幸福度ランキング―精神的幸福、身体的健康、学力・社会的スキル

図1 先進国の子どもの幸福度ランキング―精神的幸福、身体的健康、学力・社会的スキル
(出所)UNICEF Innocenti, ‘Worlds of Influence: Understanding what shapes child well-being in rich countries’, Innocenti Report Card 16, UNICEF Office of Research – Innocenti, Florence, 2020.

報告書の内容で特に驚くのは、日本の子どもの精神的な幸福度が極めて低い点である。日本の子どもの幸福度の総合順位は、指標が利用可能な38カ国中20位だったが、精神的幸福、身体的健康、スキルの側面に分けて順位を見ると、精神的幸福度37位、身体的健康1位、スキル27位である。イノチェンティ研究所のアナ・グロマダ氏はこのような日本の結果を指して「両極端な結果が混在するパラドックス」と述べている。「精神的幸福度」の指標のひとつである「生活満足度」の結果を見ると、「満足している」子どもの割合の38カ国平均が76%だったのに対して、日本、韓国、英国、トルコの4カ国は70%を切っており、日本はワースト2位の62%、トップのオランダ(90%)と30%近くの差がある。また、「スキル」に関する2つの指標の順位も両極端に分かれており、数学・読解力が基礎的習熟度に達している15歳の子どもの割合では日本は上位5位に入る一方で、「すぐに友達ができる」と回答した子どもの割合は37位だった。

日本の子ども・若者の自己評価が低いことはこれまでも指摘されている(古荘2009)。内閣府が平成30年に実施した「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」(13~29歳の男女対象)の結果によると、自分に満足している日本の若者は45.1%で、平成25年の調査結果とほとんど変化していない(45.8%)。ちなみに、欧米の若者を見ると、アメリカ87%、イギリス80.1%、ドイツ81.8%、フランス85.8%、スウェーデンが74.1%で、日本の若者が際立って自己評価が低いことがわかる。また、厚生労働省の「平成30年度版自殺対策白書」によると、日本における15~39歳の各世代の死因の第1位は自殺であり、15~34歳の若い世代の死因のトップが自殺であるのは先進国では日本のみである。その死亡率も他の国と比べて高い水準にあるという。

RC16は図2のような多層的な枠組みをもとに子どもの幸福度に影響を与える要因を分析しており、その結果をもとに先進国に対していくつかの提言をしている。その中でも特に以下の2点は日本の政策にも重要なインプリケーションを持つと思われる。

(1)子どもの意見を聞く
RC16は、子どもの幸福度を高めるためには、幸福とはどのようなことを指し、誰がそれを決めるのか、について「発想の転換」が必要だとしている。子ども・若者の幸福感は大人のそれとは必ずしも一致しないことがRC16の分析結果にも表れており、親、教員、政治関係者など、意思決定に関わる大人は子どもの意見や考えに耳を傾け、それらを政策協議や資源配分に反映させる必要があるとしている。そのためには、学校、コミュニティ、国レベルで、子どもの意見が大人に伝わる仕組みづくりが欠かせない。

(2)子どもの幸福度と国情の関係を認識する
RC16は、子どもの幸福が国情とどのように関係するか、またそれらの二律背反性(トレードオフ)を認識することの重要性を強調している。報告書で分析されているように、子どもの幸福には様々な要因が多層的に影響をおよぼす(例えば、親の雇用労働が子どもの幸福におよぼす影響)。つまり、一見子どもとは遠いところにある政策が子どもの生活に影響を及ぼすことがある。報告書には以下のように書かれており、この点は極めて重要である。
Governments typically assess the economic impact of legislation and policy. They should also consider routinely incorporating an equivalent assessment of their impact on children’s well-being.

図2 子どもの幸福度の多層的な分析枠組み

図2 子どもの幸福度の多層的な分析枠組み
(出所)UNICEF Innocenti, ‘Worlds of Influence: Understanding what shapes child well-being in rich countries’, Innocenti Report Card 16, UNICEF Office of Research – Innocenti, Florence, 2020.

繰り返しになるが、RC16の報告内容はCOVID-19発生前のデータに基づいている。COVID-19は中長期的に子どもの生活の質を劣化させる可能性が高い。外出制限により友だちと会えないことや外遊びができないことは精神的幸福に、また屋外活動の減少や貧困の増加は身体的健康に負の影響をおよぼす。学校の長期休校は学力格差を拡大するかもしれない。グロマダ氏が述べるように、政府がウイルス感染への対応を検討する時は、経済的効果に偏り過ぎることなく、子どもたちの心身の健康への影響も考慮する必要がある。


【参考文献】
古荘純一 『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか―児童精神科医の現場報告』 光文社新書、2009年.