このページの本文へ移動
ページの先頭です
以下、ナビゲーションになります
以下、本文になります

政策最新キーワード『部活動事故と法的責任:中村周平氏との出会いと学び』

部活動事故と法的責任:中村周平氏との出会いと学び

2025川井先生 (110073)

投稿者 川井 圭司:2025年9月1日


 私の大学院ゼミには、電動車いすに乗った元ラグビー選手が2人所属している。いずれも高校ラグビーの強豪校での事故で重い障害を負った経験を持つ。ひとりは、総合政策科学研究科博士後期課程に在籍する中村周平氏、もうひとりは前期課程の金澤功貴氏である。その金澤氏は、常翔学園高校1年生の夏合宿中に負傷し、その後は車いすで部活動に関わり続けた。高校3年生時には主将を務め、「車椅子のキャプテン」として大きな注目を集めた(註)。
 今回のコラムでは、金澤氏の兄貴分にあたる中村氏との出会いとその後の学びについて紹介したい。中村氏は京都成章高校に在籍中、部内試合中の事故により頚髄を損傷し、重度の障害を負った。その後、立命館大学および同大学大学院で福祉を学び、自らの事故における法的責任を本格的に探究したいという強い意志を私に示した。今から13年前のことである。
 その眼差しには、事故への遺恨と学問への情熱が交錯しているように感じられた。四肢に麻痺を抱えながらも学びを追い求める彼の姿に深く心を打たれた一方で、被害者に寄り添う研究には限界があるのではないかという自問にも駆られ、私は最終的に彼を正式な研究生としては受け入れなかった。ただし、ゼミへの参加は認めることにした。
 以後、中村氏は毎週欠かさず出席し、約2年にわたり誠実に学びを重ねた。その姿に心を動かされた私は、彼と共にこの課題に取り組む覚悟を決め、本学大学院総合政策科学研究科への進学を後押しした。それ以来、私たちは一貫して、スポーツ事故と補償制度の研究に力を注いでいる。彼の存在はやがて、被害者や遺族が率直な思いを語り合える場の創出へとつながった。中村氏が主催するラグビー事故勉強会では、彼と同様にスポーツ事故で深い傷を負った人々が共通の境遇のもと心を開き、真の語らいが生まれた。そのなかで、私は一つの重要な事実に気づかされた。事故の被害者や遺族の多くは、当初から賠償を求めていたわけではなかった。むしろ事故後、学校や教員が自己防衛的に対応することで信頼関係が損なわれ、結果として深い対立が生じていたのである。
 こうした構図は、身体的・精神的損傷にとどまらず、人間関係や学校環境にも深刻な影響を及ぼす。加えて、日本の補償制度が重篤事故に十分対応できていない現実にも直面した。たとえば、災害共済給付では後遺障害1級でも当時の上限は3,770万円、2019年に4,000万円へと引き上げられたが、近年の落雷事故では3億円の損害賠償が認定されるなど、制度の限界が浮き彫りとなっている。結果として、被害者は「泣き寝入り」か「訴訟」かの選択を迫られ、学校側も訴訟の可能性が生じた時点で自己防衛的立場を取らざるを得ず、当事者間の信頼関係は大きく揺らいでしまう。そこにこそ、日本の制度が抱える脆弱さが如実に表れている。
 一方、海外ではより包括的な制度設計が見られる。ドイツでは、学校事故において故意がない限り個人の賠償責任は問われず、公的保険で補償される。イギリスは「ノーブレイム・ポリシー(No-Blame Policy)」のもと、個人の責任追及ではなく構造的原因の分析と再発防止を重視している。韓国でも2007年に関連法が制定され、損害の程度に応じた迅速かつ適正な補償体制が整備されている。
 これに対し、日本では重篤な事故が発生した際、教員の「過失」を明確に立証しなければならない。この制度設計は、加害と被害を明確に切り分ける構図を生み出し、当事者間の対立を深めるだけでなく、教職員に過度な心理的負担を与えることにもつながっている。近年では、「あなた、責任取れるんですか?」という言葉が、教育現場や地域活動の場でも頻繁に聞かれるようになっている。その一言が、善意に基づく行動を萎縮させ、社会における“贈与”の連鎖を断ち切ってしまっているのではないか——そう感じずにはいられない。
 教育とは、本来、社会全体で支え合うべき営みである。個々の教員に過剰な責任を負わせるのではなく、制度と文化の両面から持続可能な支援体制を構築していくことが望まれる。学校や地域コミュニティにおける不必要な対立を回避し、多様な観点から「安心」と「信頼」が確保される制度と文化を築いていくことが求められる。

(註)練習中に首の骨を折るケガで首から下が動かなくなった高校生ラガーマン「もう一度グランドに立ちたい」と懸命にリハビリ 仲間が託した"キャプテン”、2015年12月17日放送〈カンテレNEWS〉https://www.youtube.com/watch?v=vD8BGUUbHLo

20250901 政策最新キーワード (川井先生)    (117706)
総合政策科学研究科博士後期課程の中村周平氏