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政治的変動と高等教育機関への財政支援
投稿者 辻 優太郎:2025年7月1日
アメリカのトランプ政権による高等教育セクターへの様々な措置、特にハーバード大学に対する助成金カットや税制優遇措置の取り消しが、昨今世界中の注目を集めています1。アメリカ、トランプ政権、そしてハーバードと、注目を集める要素が目白押しであることもあり、ニュースをご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれません。
ただし、このニュースはむしろ、高等教育への政府による資金援助に対して政治の変動が影響を与えるという、近年しばしば観察される現象の一つの例でもあると言えます2。私が所属する日本高等教育学会でも、去る5月末の大会において、「高等教育ファンディングの政治化と国際比較」というセッションが持たれるなど、学術界の関心も高いテーマです。ここでは、上で挙げたアメリカの政策動向や、カナダのケベック州における留学生向けの授業料値上げ騒動などの紹介がありました。それぞれの国・地域が有する固有の事情はあれど、高等教育機関に対する財政支援は、政府にとってある種の「ツール」であることが実感されます。
これらは北米の例ですが、大西洋を越えたヨーロッパでも、同様の例を見つけることができます。私がこの3月まで滞在していたオランダでは、昨年2024年に発足したスホーフ首相を首班とする連立政権(つい先日崩壊してしまいましたが…)の下で、高等教育機関向けの予算が合計10億ユーロカットされることになりました3。この改革案は波紋を呼び、高等教育セクターの関係者を中心とした抗議運動に発展しました。11月に行われたデモ集会には、約2万人が参加するなど4、高い関心を集めたことが窺えます。

オランダの例のような、交付金の減少による教育・研究活動への影響は、日本でも聞き馴染みのあるものです。法人化以降における、国立大学法人運営費交付金の減少は、退職者の後任不補充に代表されるように、研究者の雇用面に少なからぬ影響を与えたと考えられています8。
しかし一方で、日本の場合は、政権交代級の政治的変動が限定的ですし、高等教育財政が急激に影響を受けることもそれほど多くないのではないかと思います。言い換えれば、政策の方向性についての予見可能性は高いと言えるかもしれません。そもそも日本では、全体として、高等教育財政に寄せられる政治的関心は限定的であると評価されてきました9。平たく言えば、良くも悪くも社会的・政治的関心が寄せられておらず、結果的に政策の振れ幅も小さいのが、日本の特徴と言えるでしょうか。両者の関連について、近いうちにじっくりと考えてみたいと思っています。
1 Drenon, B. (2025, April 16). Trump threatens Harvard's tax-exempt status after freezing $2bn funding. BBC.
https://www.bbc.com/news/articles/cz01y9gkdm3o
(以下、最終閲覧日は2025年6月18日)
2 両角亜希子(2025)「高等教育ファンディングの政治化と国際比較 趣旨説明」日本高等教育学会第28回大会、九州大学
3 Sokolova, T. (2024, December 3). Netherlands faces backlash over higher education budget cuts. Educations.com.
https://www.educations.com/higher-education-news/netherlands-faces-backlash-over-higher-education-budget-cuts
4 Thousands protest against higher education budget cuts in The Hague. (2024, November 25). NL Times
https://nltimes.nl/2024/11/25/thousands-protest-higher-education-budget-cuts-hague
5 Vrije Universiteit Amsterdam. (2025, April 3). Proposed plan for the reorganisation of the Department of Earth Sciences.
https://vu.nl/en/news/2025/proposed-plan-for-the-reorganisation-of-the-department-of-earth-sciences, Vrije Universiteit Amsterdam. (2025, June 2). Frequently asked questions about the developments within Earth Sciences.
https://vu.nl/en/news/2025/frequently-asked-questions-about-the-developments-within-earth-sciences
6 Executive Board of University of Twente. (2024, July 10). UT’s finances: Current state of affairs requires immediate and significant adjustments.
https://www.utwente.nl/en/news-events/corporate-announcements/2024/7/1641556/uts-finances-current-state-of-affairs-requires-immediate-and-significant-adjustments
7 University of Twente. (2025, February 11). Update on conversations on 10 and 11 February.
https://www.utwente.nl/en/news/2025/2/128347/update-on-conversations-on-10-and-11-february?code=12e992d4
解雇されたスタッフへの地元メディアのインタビュー記事は以下。Nijboer, N. (2025, February 25). Tientallen medewerkers ontslagen bij UT Enschede: "Had nog gewoon colleges staan deze week." Oost.
https://www.oost.nl/nieuws/3451500/tientallen-medewerkers-ontslagen-bij-ut-enschede-had-nog-gewoon-colleges-staan-deze-week
8 国立大学に対する網羅的な調査としては、例えば以下がある。国立大学財務・経営センター(2015)『国立大学における経営・財務運営に関する調査報告書』
9 水田健輔(2012)「大学財政の日本的特質」上山隆大・阪本崇・丸山文裕・水田健輔・小林雅之・矢野真和『大学とコスト:誰がどう支えるのか』岩波書店、77-109