政策最新キーワード『受援力』
受援力
投稿者 藤本 哲史:2025年6月2日
あなたは誰かに「助けて」と言えるでしょうか。人を助けることには前向きでも、人に助けを求めることには抵抗を感じる、ということはないでしょうか。
いま日本社会で「受援力」の重要性が高まっています。受援とは、困ったときに誰かを頼り、助けを求め受け入れることを意味し、受援力とはそれが出来ること(能力)を指しています。この言葉はもともと防災用語で、災害後の防災ボランティアの受け入れのキーワードとして内閣府が取り上げ、2011年の東日本大震災以降に次第に知られるようになりました。今日、受援力は災害の場面にとどまらず、子育て、介護、学習、仕事、病気の治療、貧困など様々な課題領域で重要性が増しています。
日本には互助の文化があり、私たちは困っている人に救いの手を差し伸べることの大切さを教えられています。しかしその一方で、助けを求めることについては、「自分一人でやらないといけない」、「人を頼ると相手に迷惑をかける」、「助けを求めるのは自分が弱いから」などと考える人が多く、「困ったときはお互い様」と言いながら、「助けて」と言うことには抵抗を覚える文化があるといえます。
受援力の日米比較
困っている時に人に助けを求めることができるかは文化によって差があり、そこには「他者への共感」や「他者から受ける利他的な行動への期待」が関係していることを見出した興味深い研究があります。Zheng, Tanaka & Ishii(2025)は、共感的関心(empathic concern、困っている人への同情や思いやり)が受援の心理に及ぼす影響に着目し、共感的関心が高いと「自分が困っていたら誰かが助けてくれるだろう」という期待も高くなり、それが他者の支援を求めやすくする可能性について日米比較をもとに検証しました。また、日本など集団主義の文化において顕著な「困難や苦しみは、その人が集団の調和を乱したことへの報いである」という因果応報的な考え方(「苦しい思いをするのは自業自得だ」)が共感的関心を抑制する可能性についても検討しました。Zheng, Tanaka & Ishii(2025)は、3つの実験研究から以下のようなことを明らかにしています。
・日本人はアメリカ人よりも共感的関心が低い。また、日本人はアメリカ人よりも、自分が困っていたり、精神的に苦しんでいても人に助けを求めにくい。
・共感的関心が高い人ほど他者の利他的な行動を期待し、助けを求める傾向にある。
・日本人の共感的関心の低さには、人々が経験する困難や苦しみを、社会規範や秩序を乱したことに対する報いとして解釈する文化的傾向が関係している。
・他者に対して同情や思いやりを強く感じた過去の経験を思い出すことは、文化にかかわらず、人に助けを求めやすくする。
能力としての受援力
Zheng, Tanaka & Ishii(2025)の研究成果の興味深い点は、共感的関心を高める介入策を取ることで、困ったときに誰かを頼り、助けを求め易くなり、その結果心身の健康を高めることができる可能性を示したことにあります。名古屋大学の石井敬子教授によると、例えば、過去の共感的な体験の振り返りには、他者の立場に関する想像を促進し、「助けてもらえるかもしれない」という期待を高め、助けを求めることに対する心理的ハードルを下げる可能性があります。受援力の考え方では、他者に助けを求めることが出来るかどうかは個人の「能力」です。そのような能力を高めるための策を検討し展開していくことで、困っている人が助けを求めやすくなり、その求めが人の役に立ちたい人の支援につながりやすくなり、ひいてはより生きやすい良い社会の循環へとつながると考えられます。
Zheng, S., Tanaka, R., & Ishii, K. (2025). Empathic concern promotes social support-seeking: A cross-cultural study. Emotion, 25(3), 644–656. https://doi.org/10.1037/emo0001451