政策最新キーワード『政治リテラシーと政策リテラシー』
政治リテラシーと政策リテラシー
投稿者 風間 規男:2025年5月6日
私たちは、代議制民主主義の世界に生きている。選挙で政治家を代表者として選び、彼らに、私たちの生活にとって大切な政策の決定を委ねている。
この代議制民主主義は、有権者にとても優しい制度である。有権者に求められるのは、政治家として信頼できそうな人物を選ぶ「目利き」の力だけである。そして、自分たちの選択が間違っていたと思えば、次の選挙で別の候補者や政党に投票すればよい。
しかし、今、この代議制民主主義の仕組みに綻びが生じている。
1つは、インプット段階の問題。政治的な無関心が広がり、投票率は低下し続けている。時代のムードに流されて投票が行われる。親の地盤・看板を引き継いだ2世議員、業界団体や宗教団体がバックにいる議員、タレントやスポーツ選手、Youtuberなどの有名人などが政治家としての能力や姿勢を問われることなく国会に送り込まれる。有権者の多くは、政治家たちが自分たちの意思を代表しているとは考えなくなっている。
もう1つは、アウトプット段階の問題。政府が作り実施する政策は、社会が直面する深刻な問題を解決することができなくなっている。感染症対策、地震・風水害対策、貧困対策、少子高齢化対策など、解決するべき問題は山積しているが、政府が有効な答えを示せず、その問題解決能力に疑いが生じている。
格差社会が広がる中で、人々の不満は募り、政治や社会に対する不信となって蓄積していく。ポピュリズムは、そのような人々のネガティブな感情を引き受け、今とは違った未来図を示すことで、政治の世界に人々を誘(いざな)う。その点を考えれば、ポピュリズムそれ自体に問題があると批判することはできない。
問題なのは、支持者の一部がポピュリストたちのその場かぎりの言動を鵜呑みにして、安易に信じていることである。とにかく彼らに希望を託したいという気持ちが先走り、客観的にみればありえない主張や法的に問題のある主張も無批判に受け入れてしまう。思考が停止している(風間2025)。いったんこの催眠状態に入ってしまうと、そこから抜け出るのは、相当大変である。
イギリスの政治学者バーナード・クリックは、「政治リテラシー(political literacy)」を育む必要性を訴えた。ブレア政権のもとで、彼が主導した「シティズンシップに関する諮問委員会」の報告書は、2002年にシティズンシップ教育の必修化を実現させた。シティズンシップ教育の目的は、①政治への無関心・無知・冷笑的態度を克服して「能動的市民」を育てることと、②性別・人種・文化・宗教に関わりなく個々人に対する寛容さと尊敬の念を育むことだった(クリック2011)。
クリックによると、政治リテラシーとは、何をめぐって政治的な論争が行われていて、関係者がどのような視点から主張をしていて、その論争が自分たちにどのような影響をもたらすのかを理解する力である(クリック2011)。政治リテラシーを拠り所として、自分の思想や生活にとって重要な社会問題をめぐる論争に主体的にコミットしていくことが期待されている。
社会の構造は複雑で、多様な価値観をもった人たちが生活している。私のイメージする政治リテラシーは、社会の複雑さを理解し、異なった価値観をもつ人たちと一緒に生活をしていくためには何が必要なのかを考え、答えを出す力である。
多様な社会に嫌悪感を示し、異質な存在を排除するポピュリストたちの主張に惹きつけられる人たちが増えている。しかし、自由を抑圧する体制が作られてしまうと、いつの間にか自分たちも少数者の烙印を押され社会から疎外される可能性があることに思考が及ばない。
政治リテラシーを支えるのは、議論となっている政策の内容を理解し、その効果を考え、問題がある時には批判を加える力、「政策リテラシー」である。
政策リテラシーを構成する次の要素が特に重要だと思う。
第1に、情報リテラシー。常に関心のある政策問題の動向をキャッチするアンテナを持つ力、フェイク情報に惑わされず、事実にそくした情報を入手するチャンネルを探し出す力。複数の情報源から自分なりの事実を構成する力である。
第2に、統計リテラシー。一見客観的なデータを示したようにみえる統計のウソを見抜く力、統計モデルの採用によって都合のよい結論を導き出せることを知ったうえで分析結果を扱う力である。
第3に、法的リテラシー。法的にみて問題がある主張や行動を見極める力、法的に守られるべき権利や利益の侵害に対して敏感なリーガルマインドである。
たしかに、政策を理解するのは、骨の折れる作業である。しかし、既得権益を守りたい政治家たち、扇動的な言動で権力の掌握を狙うポピュリストたちは、常に政策リテラシーの低さにつけ込もうと狙っていることを忘れてはならない。
政策系学部の社会的使命は、教育現場において、政策リテラシーを育んでいくことにあるように思える。
風間規男 (2025)「ネットワークで対抗せよ」『日本経済新聞』「経済教室」2025年4月9日版。
クリック、バーナード (2011)『シティズンシップ教育論』法政大学出版局。