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政策最新キーワード『私たちの「くらし」と政策評価』

私たちの「くらし」と政策評価

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投稿者 山谷 清志:2025年3月3日


 「くらしを良くしたい」。いろんなところでこの言葉を聞きますが、その動きはなかなか実感できません。でも最近、それを実感できた例が2つありました。
 1つは2024年の衆議院選挙です。自民党が議席を減らし、国民民主党に協力を求めたときです。その時出たのが「103万円の壁」撤廃でした。103万円を超えれば所得税が発生するので、この壁を撤廃することはパートやアルバイトの人にはありがたいことです。くらしは良くなります。とくに最低賃金がアップしている現在は重要です。ただし壁は他にもあります。106万円(厚生年金・健康保険の支払い)、130万円(国民年金・国保の支払い)、201万円(配偶者控除)など、さまざまな制度と絡み合って複数の壁があります。これらについては、政策学が政策デザインの考えを使って説明します。くらしを良くする政策目標と、それを達成する手段群の組み合わせデザインの善し悪しで政策学は考えます。下の図で言えば、103万円の壁は④の税制・租税政策と、⑤の年金制度や健康保険制度が重なって存在する典型事例です。なお、高校無償化は①’の再分配の話です。

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 「くらしを良くする」を実感したもう1つの実例は、新型コロナでした。ただし、こちらは「くらしが悪くなった」です。悪くなったと言いたいのは、政策の失敗があったからです。たとえば、保健所や公立病院。人手が足りなくて事務職員さん、保健師・医師・看護師さんたちが大変で、患者対応が進まず放置された患者さんが重篤化した例は皆さんの記憶にあると思います。ただ、この背景に重要な事実があります。公立の医療現場で人手が足りなくなった背景は、総務省が地方自治体に職員を減らす指導をしてきたからです。普段の平時に無駄な人員をカットする効率化は、よくあります。でも、非常時にはこの効率化で危機が大きくなると痛感しました。電話対応すらできず、重篤化した患者さんが放置された。考えただけでぞっとします。
 新型コロナ禍はそれだけでなく、別な悪例を見せてくれました。政府の勘違いの政策指示が迷惑になることをはっきりさせたからです。飲食店には営業時間制限・アルコールを出さない自粛を求めるなど、法令に根拠がない依頼を出しました。廃業した飲食店は多かったです。しかし同時に、経済活動の維持のため、Go to トラベル・Eat・イベントなどを打ち出し、補助金や助成金がジャブジャブつぎ込まれたことは記憶にあります。正反対の政策の併存は奇妙でした。しかも、補助金不正受給はたくさんあったし、もともと商売がうまくいっていなくて潰れそうだった会社(ゾンビ企業)の延命をしてしまったこともよく知られています。さらに、ワクチンについても、効き目があるかどうかわからないけれど無料だからやっておこうと、どんどん使いました。この反省は、感染防止と経済振興という正反対の目的を入れた失敗、そして政策デザインの①と②が衝突していました。
 ここで「良くなった、悪くなった」を考える政策学部のツールを紹介しましょう。それは「政策評価」です。政府の取り組みが良かったか悪かったか、いろいろな統計データを集めて分析し、現場を見て情報を整理し、その結果を並べてみて私たちが考える、そんなツールです。政策はたくさんあります。外交政策、政府開発援助(ODA)政策、防衛政策、沖縄政策、アイヌ政策、障がい者政策、国際人権政策など、数えきれません。そのそれぞれに統計、経済分析、社会調査、参与観察などのツールを使い分け、考えるのが政策学部です。もちろん、2024年の衆議院選挙は、選挙という方法が政策を変える道具として有効だったと気づかせてくれました。政策学部に関心があるみなさんも、一度選挙の前に身近な問題について、どのように政策評価が行われているのか、試しにネットで検索してみてください。また、最近は私が書いた本『日本の政策評価』(晃洋書房)もあります。ご参照下さい。
 なお、総務省の「政策評価ポータルサイト」には政府全体の政策評価の実例がたくさんあります。また外務省にはODA評価のHPがあります。これらの場所に政策を学ぶ材料はたくさんありますが、多くの人が気づいていないことは残念です。ぜひご覧になってください。

20250303 政策最新キーワード 最終講義写真(山谷先生)  (109447)
2025年1月16日(木)『科学技術政策』最終講義後の山谷 清志教授