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政策最新キーワード『日本における移民の子どもの教育』

日本における移民の子どもの教育

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投稿者 中原 慧:2025年2月3日


 日本の学校には多くの移民の子どもが通っています。移民の子どもが日本で学校教育を受ける中で様々な困難に直面しやすいことが指摘されてきました。本稿では、日本における移民の子どもの教育について、「言語」という観点から考えていきます。
 文部科学省による『日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(令和5年度)』では、日本語指導が必要な児童生徒の人数は69,123人となっています(文部科学省 2024)。この調査結果は、日本の学校へ通っている移民の子どもの中で、日本語の習得という課題があることを示しています。
 日本語の習得、そして、日本語の習得のための支援を考える際には、言語能力について、カミンズが指摘したBICS(Basic Interpersonal Communicative Skills)とCALP(Cognitive Academic Language Proficiency)という2つの側面があることを理解することが大切です。前者が日常生活における会話などで必要な言語能力を指し、後者が学校の授業などの教科の学習において必要な言語能力のことを指しています。日常生活での会話などに必要な言語能力の習得には1年から2年程度かかるとされる一方で、教科学習において必要な言語能力の習得には5年から7年程度、あるいはそれ以上の期間がかかるとされます(カミンズ・中島 2021)。この2つの言語能力の間にある習得までに要する期間の差が非常に重要となります。なぜならば、2つの言語能力の間に習得までに要する期間の差があるということは、日本語での日常的なコミュニケーションは一定程度できる一方で、授業についていくことが難しいという状況が生じる可能性があるということです。そうした状況を適切に理解するには、2つの言語能力の習得までの期間の差を認識していることが必要です。
 2つの言語能力の習得までの期間の差を踏まえると、日本語で日常的な会話ができるようになった後も、学習に必要な言語能力を習得するための継続的な支援が必要ということが分かります。日本においては、教科学習に日本語で参加するための日本語力を育成することを目指すJSLカリキュラムが開発されています。このような日本語で学習に参加することを支える取り組みを今後もさらに充実させていくことが重要です。
 ここまでは、日本語の習得や日本語の習得のための支援について見てきました。しかし、移民の子どもの教育を言語という観点から考える際には、母語について考えることも非常に大切です。母語と学校で用いる言語が異なる場合について、このような指摘があります。カミンズ・中島(2021: 67)は、学校外に母語がよく使用されるコミュニティがある場合、子どもの母語の喪失の程度は低くなる一方で、そうしたコミュニティがない場合や一定の地域に限られる場合、就学してから2年から3年で母語の力を失ってしまうと指摘しています。子どもが母語の力を失ってしまい、親の持つ居住している国の言語の言語能力が十分ではない場合、親子間でのコミュニケーションが難しくなる危険があります。その他にも、様々な観点から母語の重要性が指摘されています。したがって、移民の子どもが母語を保持できる、そして母語の力を育むことができる環境は、移民の子どもの教育や成長にとって非常に重要であると言えます。
 現在の日本においても、母語教室のような母語に対する支援が学校内外において行われています。しかし、こうした取り組みは限定的な事例であることも事実です(西川 2019)。移民の子どもが母語を保持し、そして育むためには、今後、母語を対象にした支援が広がることが望まれます。
 本稿では、移民の子どもの教育について、言語という観点から概説してきました。日本語で学習を進めていく上で、日本語の習得が重要であることは事実です。しかし、移民の子どもの教育や成長に対して、母語が極めて重要であることもまた事実です。日本における移民の子どもの教育において、日本語の習得に対する支援に加えて、母語を対象にした支援も求められています。

参考文献
文部科学省,2024,『令和5年度日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査結果について』,(2025年1月24日取得,https://www.mext.go.jp/content/20240808-mxt_kyokoku-000037366_4.pdf).
ジム・カミンズ/中島和子,2021,『言語マイノリティを支える教育【新装版】』明石書店.
西川朋美,2019,「日本の公立学校における日本語を母語としない子どもへの言語教育」近藤ブラウン妃美・坂本光代・西川朋美編『親と子をつなぐ継承語教育―日本・外国にルーツを持つ子ども』くろしお出版,209-23.