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政策最新キーワード『リサーチ・プラクティス・ギャップ ~研究者と実務家はどのような関係であるべきなのか?~』

リサーチ・プラクティス・ギャップ ~研究者と実務家はどのような関係であるべきなのか?~

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投稿者 田中 秀樹:2024年12月2日


 社会科学系の学問が生み出した知識は世の中に役立つのでしょうか?社会科学によって生み出された知識は実務家に受け入れてもらえるのでしょうか? 実学と呼ばれる社会科学領域においてよく見られる現象だと思われますが,「研究者のいうこと(=科学的知識)は役立たない」という実務家,「実務家は学問知を軽視している」という研究者の関係性が議論されることがあります。私の専門分野である経営学・組織論は,特に,この現象が見られる領域なのかもしれません。この現象は,しばしば「リサーチ・プラクティス・ギャップ」問題と呼ばれます(※1)。
 そもそも,なぜ「リサーチ・プラクティス・ギャップ」が起こるのでしょうか?研究と実務の間には「リガー―レリバンス問題」があると(特に)研究者たちは考えます。研究においては客観的事実・科学的基準に厳密な知識(リガー)が求められ,一方で実務家は自身が抱える課題を解決してくれる知識(レリバンス)を求めるという側面(問題)をそのように呼びます(※2)。研究者は科学的な一般性を明らかにすることが仕事であり,実務家は自社が抱える目先の課題をいかに解決するかが(日々の主な)仕事ですので,それぞれの立場で“課題”への視点が異なることはやむえない部分があります。研究者にとってのエビデンスは統計分析や事例分析を通じた一般化によってもたらされた帰結であり,実務家にとってのエビデンスは行為可能なもの(経営活動など)を支える(裏付ける)事実として受け入れられるもの・受け入れるべきものというように,“エビデンス”という言葉自体にも,一種の“同床異夢”が存在します。
 研究者が科学的知識(エビデンス)を生み出すには実務の世界の協力(データの提供など)が不可欠であるものの,そこで一般化された科学的知識は必ずしも実務家にとって役立つ知識(エビデンス)にならないことも多々あります。また,研究者たちが実務家に対して科学的知識を正しく翻訳して伝えられていないことも多々あると言われます。それに加えて,同じ現象であっても,研究者と実務家では捉え方・アプローチが異なり問題意識の齟齬が生まれるケースもあります。例えば,報酬管理(例を挙げると,賃金の与え方のルール形成など)において,2000年前後,研究者たちは「成果主義導入の有無によって,企業成果はどのような(正負の)影響を受けるのか」などに強い関心を寄せていましたが,実務家たちは「他社動向・相場と比して自社の制度は乖離していないか」あるいは「他社動向を見て自社がその報酬管理制度を導入するべきなのかどうか」に関心を寄せてきました(江夏・田中・余合,2024,終章参照)。“社会を俯瞰的に見つめようとする研究者の視点・関心”と“社会に埋め込まれ,その中で行為を行う企業の視点・関心”は異なることが多いといえます。当然ながら,これらの関係性に序列はありません。アクターとしての立ち位置が異なるだけ,ということもできるでしょう。それ故,研究者と実務家は,それぞれの矜持を以て課題を解決する・解決策を提言することにおいて相互依存的な関係,持ちつ持たれつの関係を維持するべきかと思います(とはいえど,実務界の協力がなければ,研究者の科学的知識創出が難しくなることが多いという事実は自戒として心に留めておくべきではあります:特に,実学と呼ばれる社会科学領域の場合)。
 世の中で「エビデンス」が重視されるようになってきていますし,政策学部での学びではEBPM(Evidence-Based Policy Making)を意識することも多いと思います。社会科学者である我々研究者だけではなく学生の皆さんにおいても,エビデンス重視型社会におけるリサーチ・プラクティス・ギャップ,そして学術的関心を持つ者とフィールドにいる実務家の関係のあり方をいまいちど心に留めて,研究や学びに取り組むべきではないでしょうか。といったことを,ここ最近考えています。

(※1)この問題について取り上げた著書を先月上梓しました。江夏幾多郎・田中秀樹・余合淳『人事管理のリサーチ・プラクティス・ギャップ 日本における関心の分化と架橋』有斐閣,2024年11月。リサーチ・プラクティス・ギャップの背景について詳しく知りたい方は,本書の序章をご覧ください。
(※2)リガー(Rigor)は学術的厳密性,レリバンス(Relevance)は実務適合性,と邦訳されることがあります。佐藤修(2014)「リガーvs.レリバンス問題の再検討」『日本情報経営学会誌』34(2)など参照。

以上