政策最新キーワード『シルバー民主主義』
シルバー民主主義
投稿者 真山 達志:2024年11月1日
総選挙が終わったが、選挙の度に「シルバー民主主義」が話題になる。民主主義の議論は政治学が得意のように思えるのだが、こと「シルバー民主主義」に限っては経済学からの意見が多い。『シルバー民主主義』(中公新書)の著者である八代尚宏氏(昭和女子大学特命教授)はバリバリの経済学者で、経済財政諮問会議委員や規制改革会議委員などを歴任し、政府の経済財政関係の政策に関与している。また、「高齢者は集団自決」発言で物議を醸した成田悠輔氏(イェール大学助教)も、よく分からないがまあ経済学者だ。経済学全般をどうこう言うつもりはないが、少なくとも、「シルバー民主主義」について情報発信している経済学系の人たちは、「民主主義」に関心があるというより世代間の負担と受益のアンバランスに関心があるようだ。実際、「民主主義」云々より、損か得かの話の方が分かり易いし興味が湧くものであるが、ここでは「民主主義」にこだわって考えてみよう。
民主主義と多数決はほぼ同義語に捉えられがちで、多数意見に沿って物事を決めることが「民主的」と考える傾向がある。つまり、正義だとか真理とかいった抽象的で分かりにくい概念より、数で勝負した方が分かりやすいのである。たしかに、「民意」とは何か、それをどうしたら把握できるのかなどという厄介なことを考えるより、選挙の結果こそが「民意」とした方が単純かつ分かりやすい。このことが「シルバー民主主義」なる主張と結びつくと、話がどんどん変な方向に向かってしまうのである。
一般に「シルバー民主主義」とは、数の多い高齢者は比較的よく選挙に行くのに対して、若年層の投票率が低いことから、政治家は高齢者向けの政策を推進するようになるということを指している。高齢者向けの年金や介護・医療サービスには多額の公費が投入されるが、税や社会保険料を納めているのは現役世代である。若者世代は、負担をするばかりで便益を得る機会を逃してしまい「損」をすることになる。だから「シルバー民主主義」は望ましくない「民主主義」ということになる。また、若者の負担で温々と老後生活を送っている悪い高齢者と、選挙に行かない悪い若者という、世の中はろくでなしの集まりみたいな議論になりがちでもある。
実際には、今どきの選挙では子育て支援や教育無償化などを打ち出さないと選挙戦は戦えない。つまり、高齢者が若者より多く投票に行くと高齢者向けの政策が充実して、支出が拡大するという単純な関係ではない。高齢者人口が増えれば、高齢者向けの支出が拡大するのは当然である。少子化が進んだのだから、今と同じ制度や仕組みを続ける限り、現在の若者が将来的に得ることができる利益が減少するのも当然である。
政治家(あるいは元政治家)が、選挙で嘘を言うのは当たり前かようなことを公言するデタラメな状態に対して大した批判も生まれない今日、投票率や投票結果がそのまま実際の政策に反映するというようなフィクションに基づく議論をするのは無意味である。そこで、少なくとも3つのことに留意する必要がある。
まず、政治家や政党が言っている若者向け、高齢者向けの政策の中身をしっかりと確認する必要がある。特に、授業料の「実質無料化」というような携帯電話会社まがいの分かりにくい政策などは、財源を含めて内容をじっくり検証する必要がある。
次に、高齢者政策が手厚すぎるから財源の一部を若者向けに振り向けることは、若者に刹那の満足を生むかもしれないが、親や祖父母の生活が厳しくなって、そのとばっちりが若者自身に降りかかってくるかもしれないということである。「世代間」というと他人ごとのように聞こえるが、「親子」で捉えると自分事になる。政府の資源を高齢者から若者へシフトするという考え方だけでは、福祉・医療・教育・子育てなどの政策分野内で「世代間争奪戦」という不毛な争いをすることになり、全く別の政策分野で予算が浪費されていることを見落としてしまうかもしれない。
そして3つ目は、有権者はことごとく自らの利益を極大化できる候補者に投票するという一見合理的な仮定は、民主主義に立脚しているのではなく、利己主義と利益政治に立脚しているということである。