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大人の事情と子どもの人権
投稿者 大島 佳代子:2022年11月1日
2022年10月14日政府は嫡出(チャクシュツ)推定制度の見直しを含む民法改正案を閣議決定しました。嫡出子とは法律上の婚姻関係にある男女の間に生まれた子のことを言います。生まれた子の母は通常は分娩の事実(母親がその子を産んだこと)で証明できますが、子どもの父の場合にはそのような証明が難しいので、法律によって父が決められます。このことを嫡出推定と言います。
民法772条1項は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」とし、同2項は「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものとする」と定めています。この規定によれば、女性が離婚後すぐに再婚して出産した場合、その子の父が、前の夫でもあり再婚後の夫でもあると推定される事態が起こり得ます(再婚後に妊娠すれば再婚した夫の子と推定されますが(1項)、その子が離婚後300日以内に生まれたときには離婚した夫が父と推定されます(2項))。このような父親が二人いる事態を避けるために、民法733条1項は女性にのみ100日の再婚禁止期間を設けています。
再婚禁止期間の合憲性をめぐっては、2015年に最高裁が一部違憲の判決1を出しました。この判決が出されるまで、再婚禁止期間は6か月でしたが、最高裁は、民法772条に照らせば、100日を超えた部分は過剰な制約であり憲法違反であると判断しました。もっとも、再婚禁止期間を設ける目的は父が二人いる事態を避け、父子関係を早期に決めることにあり、このことは子どもの利益であるから、100日間の再婚禁止期間を設けること自体は憲法違反に当たらないと判断しました。
報道によると、今回の改正案では、女性が再婚している場合には離婚後300日以内に生まれた子も再婚した夫の子と推定され、再婚禁止期間も撤廃されます。改正の背景には、いわゆる「300日問題」、つまり、離婚後300日以内に生まれた子が前の夫の子とされるのを避けるために出生届を出さず、それにより子どもが無戸籍となる問題があります。2020年時点で法務省が把握している無戸籍者の数は3235人2ですが、実際にはかなりの数に上っていると言われています。無戸籍者は、戸籍がないことで、公的な医療保険加入、パスポート取得、銀行口座開設、選挙権取得ができないといった社会生活上の不利益を被ります3。
今回の改正は無戸籍問題の解決への一歩ではありますが、たとえば、DV加害者の夫から逃げ離婚が成立していない女性が新しいパートナーとの間に子を設けた場合の、無戸籍の問題は今回の改正では解消されません。改正案では、現在は夫にしか認められていない嫡出否認の訴え(民法774条)を、妻や子にも認めようとしていますが、DV加害者の夫と接点を持ちたくない女性にとっては無戸籍解消の有効な手段とはなり得ないでしょう。
無戸籍問題は2006年頃より社会問題として認識されましたが、漸く、その主たる原因である嫡出推定制度の見直しが図られることになりました。無戸籍問題は、大人の事情で社会的不利益を被っている子どもの人権の視点から、今後も検討を続けていく必要があります。
1.最大判平27・12・16民集69-8-2427。中村睦男ほか『はじめての憲法学〔第4版〕』(三省堂、2021年)第7講「家族と憲法」参照。
2. https://www.moj.go.jp/content/001341379.pdf(最終閲覧日2022.10.23.)
3.ただし、義務教育や児童手当などの福祉サービス等については運用で享受が認められています。桜井梓紗「『無戸籍問題』をめぐる現状と論点」。
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2016pdf/20161003098.pdf(最終閲覧日2022.10.23.)