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高齢社会の課題:キーパーソンをどう決めるか

投稿者 川浦 昭彦:2022年10月1日

投稿者 川浦 昭彦:2022年10月1日

 日本の法律では、親に「親権(しんけん)」を与えて未成年の子供の養育に関する権利及び義務を負わせています。つまり、子供の世話をする権利は自動的に親が得ています。この親権があるために、虐待が疑われる場合でも、行政を含む他者が親から子供を引き離すことは、親権者としての親の権利を侵害することになるため容易ではありません。虐待の結果子供が亡くなってしまったような場合には、児童相談所が批判を浴びることも多くあります。もしも親権が法律的に設定されていなければ、児童相談所はより機動的な対応を取ることができるかも知れません(それはまた別の問題を生むことは間違いありませんが)。
 これは子供に代わって意思決定をする権利の問題ですが、社会の高齢化が進むにつれて、類似の問題が高齢者について発生すると予想されます。高齢者が増えると、その中には判断能力が衰えた人も出てきますので、誰が高齢者に代わって意思決定をするかが課題となって来ます。未成年の子供に対して「親権」が定められている様に、高齢者に関しては親族・夫婦間での「扶養義務」が定められています。しかし、離婚する夫婦が増え家族の形が多様化すると、高齢者の利益に関して配偶者と子供が必ずしも同じ考えを共有できるとは限りません。したがって、高齢者の場合には家族・親族間でこの権利や義務を「押し付け合う」あるいは「取り合う」ケースが考えられます。財産管理に関しては後見人制度が整備されていますが、それ以外にも高齢者に代わって誰かが意思決定を行うことが必要な場面は発生します。
 そのような場面の一例としては、高齢者が入院し認知能力が低下した場合があります。病院にとっては患者の病状に関する情報を共有して、状況に応じて治療方針を相談する相手が必要です。入院患者に同居家族がいる場合には、病院は通常はその者を「キーパーソン」と呼んで、ある意味では権利者と認定し適宜連絡を取ることになります。しかし、そのキーパーソンが別の親族と対立関係にある場合には、病院による権利者のこの決定自体が問題を生むことに繋がります。
 キーパーソンが病院に対して他の家族と患者との面会を制限することを求め、病院がその要請通りの対応をしたことで他の家族との訴訟になることがありました。これは入院患者の財産保持がキーパーソンの動機である場合でしたが、財産に関係なくてもこうしたことは起こります。ある高齢者が入院した際に、病院は同居する配偶者をキーパーソンとしました。しかし、その配偶者は患者が離婚後に新たに婚姻関係を結んだ相手であり、患者本人の実子との関係は良好ではありませんでした。関係が悪化したのは過去の入院の際に、配偶者による患者へのネグレクトの可能性に実子が気付いたことを契機としていました。実子は入院前まで患者の外来診療に付添っていたために治療歴などについて把握していました(逆に、配偶者は患者の状態を理解していませんでした)。しかし、配偶者は患者から実子を遠ざけ排除しようとして、入院中の病院に対し、実子に患者の情報提供を行わないように依頼し、キーパーソンからの要請であるとして病院もそれを受け容れました。実子は自分の親の病状を問い合わせては病院から拒絶され続けながらも、患者の既往症や薬の禁忌などについて病院に伝えようとしました。しかし、キーパーソンの意向であるからと病院は実子との情報交換の機会を設けませんでした。それでも実子が諦めずに何度も情報提供を試みたことで、病院側もその実子の情報が治療上有益であることに気付いて少しづつ取り入れ始めましたが、それは実子が粘り強く病院に訴え続けなければ実現できていませんでした。このようなケースは、一歩間違えれば医療事故にも繋がりかねない状況です。
 病院は医療機関であり、家族間で対立関係がある場合に、様々な事情を考慮した上でのキーパーソンの決定を求めるのは難しいでしょう。同居などの外形的な要件のみに依存して権利者を決めることも便利な方法ではあります。しかし、この簡便さは高齢者本人の利益にならない場合もあり得ます。ここでは医療機関で起きる例を所謂「キーパーソン」の例として挙げました。日本が向かう超高齢社会においては、判断能力が衰えた高齢者に代わって意思決定する権利を誰に認めるかは今後大きなテーマになることと思われます。