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ユニバーサルアクセス
投稿者 小林 塁:2022年7月1日
英国を中心とした欧州においては、ユニバーサルアクセスという理念(以下、UA理念)が、主に行政・企業・メディアの間で浸透しており、英国議会において議論される場面をよく目にします。UA理念1とは、情報の公平性を担保する概念であり、「どこに住んでいても、どのような収入であっても、利用者が自由公平かつ無償で情報へアクセスできる権利を保障するための基本的原則」2 のことを意味します。近年では、とりわけ情報通信の分野においてよく登場する用語です。
そのUA理念の是非をめぐって、先日、日本でも注目を集める出来事が起こりました。3月24日のサッカー日本代表アジア最終予選オーストラリア戦の地上波未放映に関する一件です 。3これについては、SNSを中心に利用者から「W杯出場決定の瞬間が有料でしか視れないのはおかしい」という不満の声が数多く上がり、メディアでもUA理念保障の是非に関する議論が数多く取り上げられました
。4しかし、このUA理念については、決して簡単に決められるものでありません。なぜなら、議論するにあたって、「誰がどの程度その放送をみたいのか」、「UA理念の保障をどうやって決めるのか」という点を明確にしておく必要があるからです。
例えばイギリスでは、このUA理念の法的適用に関する厳密なルールとして、特別指定行事(listed event)制度が存在します。この特別指定行事とは、クラウンジュエル(貴重な宝)とよばれる、「社会にとって重要とみなされる国民的行事」の無料放送を義務付ける法的規定(放送法規定)のことを意味します 。5イギリスでは、このように、UA理念の保障に関する公共政策の枠組み、すなわち民主的なルールが存在するのです。
では、日本の場合はどうでしょうか。例えば、総務省では、デジタルディバイド解消に向けたBOP(Base of the Economic Pyramid)ビジネス構築についての議論検討がなされています。しかし、これは主にICT分野に特化したものであり、まだその議論範囲は狭いと言えるでしょう。例えば、国政選挙情報・災害情報・スポーツのような文化コンテンツの情報について、どの程度地域ごとのデジタルディバイドが生じているのか、そもそもどの程度需要があるのか、そしてUA理念を誰がどのように保障していくのかについては、議論が未成熟であると言えます。
「UA理念がどの程度保障されているのか」という点は、「どの程度開かれた社会であるのか」ということの尺度にもなります。今後は、情報の技術革新ばかりでなく、情報のユニバーサルアクセスについてもますます注視していく必要があるでしょう。
1.ユニバーサルアクセスの起源については、諸説あるが、1948年の第3回国連総会で採択された「世界人権宣言」におけるコミュニケーションの権利に由来すると言われている(脇田 2012)。
2.参考:Collins, R., and Murroni, C. (1996) New Media New Policy , Policy Press, p233.
3.サッカーW杯最終予選の放送は、その国民的関心事の高さから1980年代から地上波で放送がなされてきたが、近年のスポーツ放送視聴率低下の影響もあり、今回の予選では、有料放送会社のDAZNが独占放映権を獲得する次第となった。
4.サッカー以外においても、先日のボクシング世界王者井上尚弥選手の試合などでUA理念の保障を求める議論は増加している
5.英国における特別指定行事の適用基準については、デジタル・文化・メディア・スポーツ省が、「国民の需要度」「放送アクセス環境(英国市民95%以上が視聴可能)」、「市場の競争」「統括組織の利益」等の諸条件を包括的に考慮しながら決定する。また当制度を違反した組織に対しては、非政府機関である情報通信庁(Ofcom)が罰則規定を実行する。