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グリーン社会とソーシャル・イノベーション
投稿者 服部 篤子:2022年2月1日
SDGsは2030年を、カーボンニュートラルの宣言は2050年をゴールに設定している。2022年を迎えてゴールが一歩近づいた。2050年は少々先の未来と感じるかもしれない。首相官邸ホームページには『グリーン社会の実現』と題して以下のように表現している(URL1)。「2050年カーボンニュートラルを宣言しました。もはや環境対策は経済の制約ではなく、社会経済を大きく変革し、投資を促し、生産性を向上させ、産業構造の大転換と力強い成長を生み出す、その鍵となるものです。まずは、政府が環境投資で大胆な一歩を踏み出します」。この文言に共感する人々はいかほどであろうか。まずは、未来カルテ(URL2)を用いて2050年像をみることにしよう。
未来カルテとは、複数の統計を用いて全ての基礎自治体ごとに人口、産業、自然エネルギーなど多岐にわたって推計するツールである。広く公開されているため、各自が2050年の起こり得る社会をシミュレーションすることができる。さらに、全国平均に加えて、人口集中自治体、過疎地域自治体に区分して傾向をみることができる。日本の人口減少は周知のとおりであるが、2050年の人口推計値は1億300万人であり、高齢化が一層進み生産人口は5割となる。人口集中自治体の就業者人口は6割であるが過疎地域自治体では4割となる。その結果過疎地域自治体では2025年に、人口集中自治体でも2035年に歳出超過となり、人々の生活に大きく影響することが容易に推察される。
これらの推計は、このままフォーキャスト思考で移行した場合の社会の姿を示す。冒頭の官邸のホームページに示された力強い文言とはイメージが異なるのではないだろうか。それでは、グリーン社会とはこれからどのような過程を経て、どのような社会が実現するのか、生活者視点で考えてみよう。
内閣府が実施した気候変動に関する世論調査(URL3)から人々の行動と意識を伺うことができる。脱炭素社会に向けて積極的に、もしくは、ある程度取り組みたいと回答した人の割合は9割を超えており一人一人が行動を起こす起こしうることがわかる。日常生活で行っている脱炭素社会の実現に向けた取組みは、「軽装や重ね着などにより、冷暖房の設定温度を適切に管理」、「こまめな消灯、家電のコンセントを抜くなどによる電気消費量の削減」を挙げた者の割合が最も高く、いずれも7割を超えた。確かにこれらは既に社会に受容された行為である。次に取組みの高い項目は、「冷蔵庫、エアコン、照明器具などの家電製品を購入する際に、省エネルギー効果の高い製品を購入」(57.2%)であった。エコ・ポイント事業などによって推奨され企業のマーケティングによって浸透してきた。マスになると少なからず影響力はあるだろう。
しかし、このような行動様式は「エコ・ジレンマ」を生じるという指摘がある(石田2014)。エコ商材が市場に投入され、生活者のエコ消費への意識が高い現代においても家庭部門のエネルギー消費など環境負荷が減っていないのは、環境に優しいからといって例えば、エアコンをもう一台購入する、という行動に出るからだという。テクノロジーは、思いもしなかった欠陥を持ち、それを修復するとさらに新たな問題が起こるという繰り返しで進歩してきたと問題提起をする。
つまり、ここで取り上げている気候変動や超高齢社会に関わる問題は「厄介な問題Wicked Problem」であり、技術のイノベーションだけでは解決しないのではないだろうか。
そこで、ここでソーシャル・イノベーションの説明を加えたい。まず、イノベーションという用語は、言葉の前に技術、社会、経済、組織、教育など様々な単語を加えて使われきたが、今では包括的、持続可能、エコ・イノベーションなどと一層広がりをもって使われるようになった。ゴダンは「イノベーションについて、誰がいつからどのように考え、語ってきたか」という概念の歴史を探求したことで知られている。経済学者のシュンペーターが言及したイノベーションがよく引用されるが、ゴダンは1950年代以来の技術イノベーションの先駆的理論家はプラクティショナーだったと記述している(Godin2020=2021)。実務者の見方をアカデミアの側が後から明確にし、理論化したという解説は理解できる。さらに、イノベーターは、「既に確立された秩序に変化をもたらす」という意味をもつ古代ギリシア語を語源としているといい、社会の秩序を乱す変革者として否定的に使われてきた。明確に肯定的にイノベーターが使われたのは20世紀、技術イノベーションの用語が登場してきたからというのは興味深い。
他方、ソーシャル・イノベーションは、1960年代から70年代のOECDが著した報告書等から見ることができ技術の発展によって生じる社会の問題を処理すること、経済イノベーションは社会イノベーションの下位カテゴリーとみなせる、といった表記がみられる(Godin2020=2021)。近年は、2000年にスタンフォード大学大学院のソーシャルイノベーションセンター(CSI)の設立をはじめとして、各国の大学の研究センター等で研究と実践が広がっている。また、米国はオバマ政権下で2009年、ソーシャル・イノベーション、市民参加局を設立するなど、市民社会のより効果的な推進を図ってきた。ソーシャル・イノベーションは、社会及び環境問題に対する新たな答えを探ることであり、政府や企業、市民社会との協働によってなされるものである。筆者らは、社会の問題に向き合う人材、方法、制度を通じて社会のあり方を変革すること、その結果新たな価値、文化が創出されること、だと考えている(服部2021)。つまり、グリーン社会の実現にもソーシャル・イノベーションが必須ではないかと考えているのである。
先述した世論調査結果に話を戻したい。現在、取り組んでいないことで、今後、新たに実践したいと思う気候変動適応への取組みは何かを聞いてる。「気候変動影響や気候変動適応についての情報の入手」が最も高く35.1%、次に「雨水利用や節水などの水資源の保全」(25.9%)、「ハザードマップなどを活用した水災害リスク及び避難経路などの事前確認」(24.1%)と続く。既に行っていることとこれから取組もうとしていることにはギャップが感じられる。次の一歩を踏み出すには、具体的な情報やナレッジを必要としているのではないかと思われる。
例えば、雨水利用について、研究者と実践家が協働で雨水社会を提唱し実装しているグリーンインフラの過程と成果を学んだ。情報は収集できたがすぐに実践できるわけではない。雨水社会の推進者は、現在、更なる実装のための人財育成に取り組んでいる。このような持続可能な社会に寄与するアイデアをどのように広く普及させることができるかが、ソーシャル・イノベーションの研究の1つとして位置づけられるものである。
本学人文科学研究所は、「グリーン社会とソーシャル・イノベーション 復興10年を超えて」と題した第101回公開講演会を開催した(URL4)。福島の基調講演者は、福島に広大な再エネ発電所群が建設されてきたこと、ローカルからグリーン社会へのイノベーションを起こそうとしていること、そのための次世代育成に取り組んでいることを語った。そして、生活者が「ありたい社会」を具体的に考えることの重要性を話し合った。
他方、エネルギー白書2021(URL5)は、第1部エネルギーをめぐる状況と主な対策について、福島復興の進捗から記述が始まる。そして、第3部には、2020(令和2)年度においてエネルギー需給に関して講じた施策の状況と題して、「徹底した省エネルギー社会の実現とスマートで柔軟な消費活動の実現」に向けた実に様々な政策が記されている。これからも多様な施策が講じられるであろう。しかし、生活者からも「ありたい社会」を提案していきたいと考えている。
2030年から2050年にむけたグリーン社会をデザインしていくのであれば、政府のみならず、企業の施策や市民社会の政策提言をいかに進めることができるのか、ソーシャル・イノベーションのアプローチで向き合う必要性を感じている。「ローカルからイノベーションを起こせるか?」が公開講演会で話しあった問いの一つであった。グリーン社会をありたい社会として共にデザインしていきたい。
<参考文献およびURLリスト>
石田秀輝・古川柳蔵(2014)『地下資源文明から生命文明へ:人と地球を考えたあたらしいものつくりと暮らし方のか・た・ち―ネイチャー・テクノロジー』東北大学出版会。
樽見弘紀・服部篤子(編)(2021)『新・公共経営論:事例から学ぶ市民社会のカタチ』ミネルヴァ書房。
Godin B.(2020)The Idea of Technological Innovation, Edward Elgar Publishing
Limited.(=2021、松浦俊輔訳『イノベーション概念の現代史』名古屋大学出版会。)
1,「グリーン社会の実現」首相官邸ホームページ(2022年1月22日閲覧、https://www.kantei.go.jp/jp/headline/tokushu/green.html)。
2020年10月にカーボンニュートラルを宣言。その後、2021年、経産省が「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を発表している。
2,「未来カルテ」OPoSSuMのホームページ(2022年1月22日閲覧、https://opossum.jpn.org/%e6%9c%aa%e6%9d%a5%e3%82%ab%e3%83%ab%e3%83%862050/)。
未来カルテは、OPoSSuM :Open Project on Stock Sustainability Management
の略であり、「多世代参加型ストックマネジメント手法の普及を通じた地方自治体での持続可能性の確保」、JST―RISTEX持続可能な多世代共創領域の研究成果。なお、本サイトは、Project on
Supporting-tools for Municipalities towards De-carbonized Societies :
OPoSSuM―DS(基礎自治体レベルでの低炭素化政策検討支援ツールの開発と社会実装に関する研究)として公開されている。本プロジェクトの研究代表は千葉大学大学院倉阪秀史研究室。
3,「気候変動に関する世論調査(令和2年11月調査)」内閣府ホームページ(2022年1月22日閲覧、https://survey.gov-online.go.jp/r02/r02-kikohendo/index.html)。
4,「第101回公開講演会」人文科学研究所ホームページ(2022年1月25日閲覧、https://jinbun.doshisha.ac.jp/event/2021/1101/event-detail-18.html)を参照されたい。
5,「エネルギー白書2021」経済産業省ホームページ(2022年1月25日閲覧、https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/pdf/)。