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政策最新キーワード

オリンピックとお・も・て・な・し

投稿者 久保 真人:2022年1月1日

投稿者 久保 真人:2022年1月1日

 この原稿を書いているのは12月末です。何を書こうか「キーワード」を求めて、2021 年 Google 検索ランキングを調べてみました*1。1位は「東京オリンピック」、2位は「大谷翔平」、3位は「東京リベンジャーズ」となっていました。私だけかもしれませんが、「そう言えば、オリンピックの年だったんだ」という感じで、半ば忘れてしまっていました。アスリートの頑張り、とりわけ日本選手の活躍に、大会終了後「やってよかった」という感想を持った人も多かったと思います。ただ、コロナ禍の中、賛否両論、世論が分断される中で行われた今回のオリンピックを通じて、掲げる理想とは裏腹に、この世界的イベントが政治的、経済的動機に深く根付いていることにあらためて気づかされました。もちろん、わかっていたことではありますが、ここまであからさまになると、目を背けたい気持ちの方が勝ってしまった人も少なくなかったかもしれません。

「東京は皆様をユニークにお迎えします。日本語ではそれを「おもてなし」という一語で表現できます。それは見返りを求めないホスピタリティの精神、それは先祖代々受け継がれながら、日本の超現代的な文化にも深く根付いています。「おもてなし」という言葉は、なぜ日本人が互いに助け合い、お迎えするお客さまのことを大切にするかを示しています。」

 さかのぼること8年前の2013年、オリンピックの東京開催が決定したプレゼンの中で、その後繰り返しマスコミで報道されたのが滝川クリステル氏のスピーチです。「お・も・て・な・し」は当時の流行語ともなりました。オリンピック招致に立候補した他の国々よりも、日本こそが世界から多くの人たちを迎え入れるにふさわしい国であることをアピールし、オリンピックの開催権を勝ち取りました。結果として、無観客で行われた大会であったことを考えると、今では少し複雑な気分がします。
 大学の留学生に「日本に来て一番驚いたことは?」と尋ねたことがありますが、その時、コンビニで100円ぐらいのものを買ったときに、笑顔で「ありがとうございます」と言われたことだと答えていました。彼らの母国では100円程度のものを買った客にこんな丁寧な対応は決してしないとのことでした。もちろん、コンビニの店員も心底100円の客に感謝しているわけではないでしょう。ただ、内心はどうであれ、お客さんに対して常に笑顔で応対しなければならないという規範が彼らの表情や言葉遣いを決めているのです。
 ダニエル・ベルがその著書*2で、工業化社会の後におとずれる社会(脱工業社会)では、財貨の量によって生活水準が決まる社会から教育や娯楽など生活の質が生活水準の尺度になると述べています。私たちの生活の質を高めてくれるものの一つが企業や公共組織から提供されるサービスの質やその豊富さであるとすれば、質の高いサービスがやり取りされる社会こそが豊かな社会であると言えるでしょう。
 それでは、そもそもサービスがもたらす豊かさとは何でしょうか。マーケティングの第一人者であり、サービス産業についての著作も多いフィリップ・コトラーは、サービスの特性として「無形性(intangibility)」、「不可分性(simultaneity)」、「変動性(heterogeneity)」、「消滅性(perishability)」の4つをあげています*3。
 サービスには形がなく、実物を見たり触ったりすることができません。これが「無形性」という特徴です。形のある、たとえば電気製品などは、購入前にその内容や品質を確かめることができますが、サービスを事前にチェックすることはできず、顧客は相応のリスクを負うことになります。
サービスではほとんどの場合生産と消費が同時に起こります。つまり、サービスの提供者と顧客が同じ場を共有していることが、サービス発給の条件となっているのが一般的です。この特性をサービスの「不可分性」と言います。たとえば、ホテルやレストランでサービスを受けるためには、顧客はその場に出かけていかなければならないわけですが、逆に、顧客がいなければ、サービスも提供できないことになります。この意味では、サービス提供者だけでなく、顧客も協働してサービスを創り上げていると言えます。
 提供者と受け手によりサービスが協創されるという特徴は、もう一つの特性であるサービスの変動性をもたらします。変動性とは、サービスの品質や内容がその時々により変わってしまうことを指します。いつどこで誰がサービス提供をするかだけではなく、同じ人でも体調などにより同じサービスを毎日提供し続けられるわけではありません。また、仮に提供されるサービスが同じであっても、受け手のニーズや好みなどによって、サービスの満足度は変わってきます。
 最後の特性が消滅性です。消滅性はその名の通り、サービスは提供される先から消えていきます。後の利用のためにとっておいたり、蓄えたりすることはできません。消滅性が問題となるのは、顧客とのマッチングに失敗した時です。たとえば、コンサートは、会場が満杯でもガラガラでも提供されるサービスのコストは変わりません。飛行機やホテルなどでも、需要を読み間違えると、空席や空室による損失が発生します。そのため企業は、予約者を優先したり、繁忙期と閑散期で料金を変動させたりして、需要をコントロールしようとします。
 これらサービスの特性から、サービス提供の難しさは、工業製品のように標準化することが難しいという点にあると言えるでしょう。接客マニュアルはサービスの標準化を目指すものですが、「お・も・て・な・し」とは程遠いものであることは想像に難くありません。この意味で、「お・も・て・な・し」を工業製品に代わる日本の“戦略商品”にするためには、“made in Japan”の信頼性を築き上げた標準化されたチームプレーではなく、個人が自らの判断で動ける社会を目指すべきなのではないでしょうか。モノの持つ一元的な価値ではなく、多様な価値を包含する社会、オリンピックを通じて世界にアピールすべきだったのはそういう社会だったような気がしています。

1)Google Japan Blog https://japan.googleblog.com/2021/12/2021-google.html(2021年12月21日参照)
2)ダニエル・ベル 『脱工業社会の到来 (上・下)』 ダイヤモンド社, 1975年.
3)フィリップ・コトラー 『コトラーのホスピタリティ&ツーリズム・マーケティング第3版』 ピアソン・エデュケーション, 2003年.