同志社大学 政策学部

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ブラック校則

投稿者 大島 佳代子:2018年10月1日

投稿者 大島 佳代子:2018年10月1日
 最近、皆さんは「ブラック校則」といった言葉を耳にしたことはありませんか。「ブラック○○」という表現のはじまりは、「ブラック企業*」(または「ブラック会社」)にあるようです。辞書**によれば、「労働条件や就業環境が劣悪で、従業員に過重な負担を強いる企業や法人。長時間労働や過剰なノルマの常態化、セクハラやパワハラの放置、法令に抵触する営業行為の強要といった反社会的な実態がある」とされています。「こうした企業は、もっぱら組織の利益を優先し、従業員の人格や人権には顧慮しない」ところから、生徒の人格や人権を顧みない校則を「ブラック校則」と呼ぶようになったのでしょう。

 皆さんも、中学・高校時代の校則を思い出してみてください。そもそも「校則」という名称だったでしょうか?生徒手帳には「生徒心得」とか「○○ 中学校 生徒のきまり」と書いてなかったですか?また、友達同士で、出身校の「校則」には何が決められていたか話し合ってみてください。同じようなきまりがある一方で、学校によってきまりの細かさや厳しさに違いがあることが分かると思います。さらに、「食事の前には手を洗いましょう」というきまりと「染髪・パーマ禁止」というきまりとでは、生徒の権利に与える影響に違いがあります。このように「校則」とは、名称も内容も法的性格も多様な各学校のきまりを総称するものなのです。

 したがって、ブラック校則の問題を考えるときには、まずは「何が『ブラック』なのか」を拾い出さなければなりません。法的に言えば、1つ1つのきまりの合理性・必要性を検討する必要があるということです。「染髪・パーマ禁止」のルールはなぜ作られたのか、納得できる理由があるのかを吟味しなければならないのです。

 仮に「染髪・パーマ禁止」というルール自体に合理性・必要性があるとしても、このルール違反に対する「指導」の合理性・必要性は別途検討されなければなりません。「指導」もまた「反省文を提出させる」「染髪前の髪色に戻すように指示する」「ルールに従うまで授業を受けさせない」等、様々な対応がありますが、ある校則に違反したからといって、どんな「指導」でも許されるわけではないのです。個別の「指導」の合理性・必要性が問われるのです。

さて、ここで問題です。
 「『染髪・パーマ禁止』のルールの下、生まれつき茶髪の生徒に対して黒染めを強要したり、生まれつき直毛でない(いわゆる天然パーマ)生徒に対して縮毛矯正を強要したりすることは、生徒の人権との関係でどのような問題があるか検討しなさい」。

皆さんと一緒に考える機会に恵まれることを楽しみにしています。

* 2013年「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンに選出されている。
** デジタル大辞泉解説 https://kotobank.jp
朝日新聞「ブラック校則」2018年9月4日朝刊13(15)
大島佳代子「校則が生徒の人権を侵すとき」『世界』(2018年)903号29頁