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SSM調査と日本社会の格差・不平等

投稿者 伊藤 理史:2018年9月1日
現代日本社会は、「格差社会」と言われています。みなさんも、正規・非正規雇用間の待遇格差や男女間の賃金格差、ワーキング・プアや貧困の問題など様々な領域の格差・不平等について、マス・メディアの報道で幾度となく聞いたことがあると思います。かつての日本社会は、1970年代当時の流行語である「一億総中流」という言葉が象徴していたように、ながらく格差の少ない平等な国であると「認識」されていました。しかし2000年代以降になると、格差・不平等が拡大しているという議論(橘木(1998)や佐藤(2000)など)が登場し、マス・メディアや論壇を中心として、いわゆる「格差社会論争」が展開されました。それでは日本社会の格差・不平等は、本当に近年になって拡大しているのでしょうか。
戦後日本社会の格差・不平等の実態を長期にわたって検討してきた社会学の学問分野として、「社会階層論」があります。社会階層とは、学歴、職業、収入など様々な社会経済的資源が不平等に分配されている状態を意味します(原・盛山 1999)。社会階層論の領域では、1955年以降10年ごとに社会調査(Social Stratification and Mobility調査、以下SSM調査)を実施し、得られたデータを統計解析手法で分析することから、日本社会の格差・不平等に関する数多くの研究成果が発表されてきました。またこれらの研究成果は、海外でも高く評価されています。そして最新のSSM調査は、筆者も参加した「2015年社会階層と社会移動(SSM)調査研究会」により2015年に実施されました。その研究成果が2018年3月にサイト上で公開されました(http://www.l.u-tokyo.ac.jp/2015SSM-PJ/report.html)ので、SSM調査の歴史と特徴および研究成果について、簡単に紹介したいと思います。
SSM調査には、他の社会調査にあまりみられない大きな特徴として本人、配偶者と両親の「職業」と本人の「職歴」を詳細に質問していることがあげられます。特に職歴は、同一職場内の地位の変化や転職毎に詳細を記録する徹底したものであり、調査者・対象者の両面に負担を強いる物ではありますが、まさにある人の職業生活の歩みを浮かび上がらせます。
このようにSSM調査は、その時々の日本社会の格差・不平等の実態を把握するための豊富な情報を有しています。近年、政策の立案・実行には、「根拠(エビデンス)」が必要と言われるようになっています。格差・不平等を是正する政策を立案・実行するためには、当然ながら日本社会の格差・不平等についての正確な情報(データ)が必要となります。したがってSSM調査のデータ(とそこから得られた研究成果)は、まさにこれらの政策の立案・実行に必要な「根拠(エビデンス)」を提供してくれるでしょう。
世代間社会移動の研究では、出身階層である親世代(主に父職)と到達階層である子世代(本人職)間の職業の関連の強さから、格差・不平等(社会の開放性)を議論します。具体的には、世代間移動の総量である「絶対移動」から、産業構造の変化(工業化による第1次産業割合の減少や脱工業化による第3次産業割合増加など)による「構造移動」量を引いた「相対移動」量が、社会の開放性と対応しています(原・盛山 1999)。もし相対移動が上昇して、出身階層と到達階層の関連が弱まれば、到達階層への出身階層の影響が小さくなる(階層が固定されなくなる)ため、社会の開放性が高まることで平等化したと考えます。
そして戦後日本社会は、相対移動からみた場合、英国など欧米諸国と遜色なく一定で、特別に平等な社会とは言い難いことが明らかになっています(石田 2008;石田・三輪 2011)。この結論は、最新の2015年SSM調査のデータを追加分析した場合も変更されません(Ishida 2018)。先の「格差社会論争」では、近年の格差・不平等の拡大を強調していましたが、世代間社会移動(相対移動)でみる限り、戦後日本社会では現代に至るまで、常に欧米諸国と同程度の格差・不平等が存在していたことになります。にもかかわらず「格差社会」言説が近年社会に受け入れられた理由として、認知しにくい相対移動よりも構造移動の変化(近年の上層ホワイトカラー職割合の縮小と下層ブルーカラー割合の増加→高い職業的地位への到達のしにくさ)に人々が反応した可能性が指摘されています(石田・三輪 2011)。
ここまでSSM調査の歴史と特徴、研究成果について、簡単に紹介してきました。しかし格差・不平等については、当然ながら本稿で紹介した伝統的な社会移動以外にも様々な側面があります(例えば先の橘木(1998)では、ジニ係数という格差・不平等の指標の値上昇から、近年の格差・不平等の拡大を主張していましたが、大竹(2005)によれば、高齢化(人口構成の変化)によるみせかけの上昇に過ぎないとされています)。2015年SSM調査報告書でも、調査方法・概要/人口・家族/社会移動・健康/教育/労働市場/意識の各テーマ(6テーマ全9巻)について、多数の研究成果が公開されています。現代日本社会の格差・不平等に関心のある方は、是非アクセスして実際に報告書論文を読んでみてください。公開されている報告書論文は、いずれも社会階層論の最新の研究成果であり、読み応えがあります。夏休みの読書課題としても最適ではないでしょうか。また本稿を読んで興味を持った政策学部の学生のみなさんは、後期セメスターで開講される、「現代日本の社会的不平等」も受講してみてください、お待ちしています。
石田浩,2008,「社会移動の国際比較と趨勢」直井優・藤田英典編『講座社会学[13] 階層』東京大学出版会,221-256.
Ishida Hiroshi, 2018, "Long-Term Trends in Intergenerational Class Mobility in Japan," Takashi Yoshida ed., The 2015 SSM Research Series: Social Mobility and Health, 3: 41-64.
石田浩・三輪哲,2011,「社会移動の趨勢と比較」石田浩・近藤博之・中尾啓子編『現代の階層社会[2] 階層と移動の構造』東京大学出版会,3-20.
大竹文雄,2005,『日本の不平等:格差社会の幻想と未来』日本経済新聞社.
橘木俊詔,1998,『日本の経済格差:所得と資産から考える』岩波書店.
佐藤俊樹,2000,『不平等社会日本:さよなら総中流』中央公論新社.
戦後日本社会の格差・不平等の実態を長期にわたって検討してきた社会学の学問分野として、「社会階層論」があります。社会階層とは、学歴、職業、収入など様々な社会経済的資源が不平等に分配されている状態を意味します(原・盛山 1999)。社会階層論の領域では、1955年以降10年ごとに社会調査(Social Stratification and Mobility調査、以下SSM調査)を実施し、得られたデータを統計解析手法で分析することから、日本社会の格差・不平等に関する数多くの研究成果が発表されてきました。またこれらの研究成果は、海外でも高く評価されています。そして最新のSSM調査は、筆者も参加した「2015年社会階層と社会移動(SSM)調査研究会」により2015年に実施されました。その研究成果が2018年3月にサイト上で公開されました(http://www.l.u-tokyo.ac.jp/2015SSM-PJ/report.html)ので、SSM調査の歴史と特徴および研究成果について、簡単に紹介したいと思います。
SSM調査の歴史と特徴
SSM調査は、社会階層論の領域の社会学者の研究グループによって、1955年から10年ごとに行われている、日本全国を対象とする無作為抽出・訪問面接法(一部留置法併用)の社会調査です(残念ながら女性が調査対象となったのは1985年からです)。SSM調査は、日本全国対象の無作為抽出であることによって、高い代表性(社会調査しての質)を確保しています。また過去の調査は、東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センター(SSJDA)に寄託されており、所定の手続きを行えば、研究者だけでなく大学生もデータを実際に入手し、研究・教育目的で利用(二次分析)することができます。SSM調査には、他の社会調査にあまりみられない大きな特徴として本人、配偶者と両親の「職業」と本人の「職歴」を詳細に質問していることがあげられます。特に職歴は、同一職場内の地位の変化や転職毎に詳細を記録する徹底したものであり、調査者・対象者の両面に負担を強いる物ではありますが、まさにある人の職業生活の歩みを浮かび上がらせます。
このようにSSM調査は、その時々の日本社会の格差・不平等の実態を把握するための豊富な情報を有しています。近年、政策の立案・実行には、「根拠(エビデンス)」が必要と言われるようになっています。格差・不平等を是正する政策を立案・実行するためには、当然ながら日本社会の格差・不平等についての正確な情報(データ)が必要となります。したがってSSM調査のデータ(とそこから得られた研究成果)は、まさにこれらの政策の立案・実行に必要な「根拠(エビデンス)」を提供してくれるでしょう。
日本社会の格差・不平等(研究成果)
それでは、SSM調査のデータの分析によって、どのようなことが明らかになっているのでしょうか。伝統的な社会階層論では、大きく分けて(1)世代間社会移動の趨勢、(2)社会階層(格差・不平等)の実態、(3)社会階層と政治との関わりが、主要な研究課題とされてきました(原・盛山 1999)。ここでは(1)世代間社会移動の趨勢について言及します。世代間社会移動の研究では、出身階層である親世代(主に父職)と到達階層である子世代(本人職)間の職業の関連の強さから、格差・不平等(社会の開放性)を議論します。具体的には、世代間移動の総量である「絶対移動」から、産業構造の変化(工業化による第1次産業割合の減少や脱工業化による第3次産業割合増加など)による「構造移動」量を引いた「相対移動」量が、社会の開放性と対応しています(原・盛山 1999)。もし相対移動が上昇して、出身階層と到達階層の関連が弱まれば、到達階層への出身階層の影響が小さくなる(階層が固定されなくなる)ため、社会の開放性が高まることで平等化したと考えます。
そして戦後日本社会は、相対移動からみた場合、英国など欧米諸国と遜色なく一定で、特別に平等な社会とは言い難いことが明らかになっています(石田 2008;石田・三輪 2011)。この結論は、最新の2015年SSM調査のデータを追加分析した場合も変更されません(Ishida 2018)。先の「格差社会論争」では、近年の格差・不平等の拡大を強調していましたが、世代間社会移動(相対移動)でみる限り、戦後日本社会では現代に至るまで、常に欧米諸国と同程度の格差・不平等が存在していたことになります。にもかかわらず「格差社会」言説が近年社会に受け入れられた理由として、認知しにくい相対移動よりも構造移動の変化(近年の上層ホワイトカラー職割合の縮小と下層ブルーカラー割合の増加→高い職業的地位への到達のしにくさ)に人々が反応した可能性が指摘されています(石田・三輪 2011)。
ここまでSSM調査の歴史と特徴、研究成果について、簡単に紹介してきました。しかし格差・不平等については、当然ながら本稿で紹介した伝統的な社会移動以外にも様々な側面があります(例えば先の橘木(1998)では、ジニ係数という格差・不平等の指標の値上昇から、近年の格差・不平等の拡大を主張していましたが、大竹(2005)によれば、高齢化(人口構成の変化)によるみせかけの上昇に過ぎないとされています)。2015年SSM調査報告書でも、調査方法・概要/人口・家族/社会移動・健康/教育/労働市場/意識の各テーマ(6テーマ全9巻)について、多数の研究成果が公開されています。現代日本社会の格差・不平等に関心のある方は、是非アクセスして実際に報告書論文を読んでみてください。公開されている報告書論文は、いずれも社会階層論の最新の研究成果であり、読み応えがあります。夏休みの読書課題としても最適ではないでしょうか。また本稿を読んで興味を持った政策学部の学生のみなさんは、後期セメスターで開講される、「現代日本の社会的不平等」も受講してみてください、お待ちしています。
参考文献
原純輔・盛山和夫,1999,『社会階層:豊かさの中の不平等』東京大学出版会.石田浩,2008,「社会移動の国際比較と趨勢」直井優・藤田英典編『講座社会学[13] 階層』東京大学出版会,221-256.
Ishida Hiroshi, 2018, "Long-Term Trends in Intergenerational Class Mobility in Japan," Takashi Yoshida ed., The 2015 SSM Research Series: Social Mobility and Health, 3: 41-64.
石田浩・三輪哲,2011,「社会移動の趨勢と比較」石田浩・近藤博之・中尾啓子編『現代の階層社会[2] 階層と移動の構造』東京大学出版会,3-20.
大竹文雄,2005,『日本の不平等:格差社会の幻想と未来』日本経済新聞社.
橘木俊詔,1998,『日本の経済格差:所得と資産から考える』岩波書店.
佐藤俊樹,2000,『不平等社会日本:さよなら総中流』中央公論新社.