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「post-truth(ポスト真実)」と政府統計

投稿者 柿本 昭人:2017年2月1日
オックスフォード大学出版局が2016年11月に「Word of the Year 2016(2016年の言葉)」として「post-truth(ポスト真実)」を選んだことも今や旧聞に属する話題かもしれない。その言葉の言わんとするところは2016年に突然登場したわけではないが、イギリスにおけるEU離脱を巡る国民投票や合衆国での大統領選挙を巡ってたびたび言及されるようになったことが、その選出理由であった。
「客観的な事実より、感情や個人の信念に訴えるものが世論の形成に大きな影響力を持つ現象を指す。目先の利害にとらわれ、ポピュリズムや反グローバル思考に走る世界。SNSが拍車をかけている面は否めない」との指摘も、その通りであろう[『日本経済新聞』2017年1月26日]。
その一方で、昨今は政策の立案や実行そしてその効果の検証において「Evidence based policy making」という考え方の重要性が喧伝されるようになってもいる。数字が出ているからといって即座にevidenceとはいかないが、この考え方を尊重するとすれば、政府が収集し、公表している統計データが重要な意味を持っていることは言うまでもない。2009年の統計法の改正も、社会の情報基盤として統計を整備し、その積極的な利用を促すのがその趣旨であったはずである。もちろん、「時系列の分析に支障を来す」諸々の政府統計の不備も指摘されてきた[『日本経済新聞』2015年9月22日]。「働く人の3割を占めるとされる非正規雇用は何人いるのか。パートやアルバイト、派遣など多様な形態があり、待遇の改善や的を絞った支援策を練るには正確な実態の把握が欠かせない。ところが政府の関連統計は約40もあり、定義や範囲がバラバラ」ゆえに、同じ対象なのに数に100万人以上の違いが生じるといった事態も発生する[『日本経済新聞』2013年11月18日]。これでは議論の基盤すら存在しないにも等しい。
「ポスト真実」では今や合衆国大統領ばかりに目が向きがちである。民間企業であれば食品偽装や会計不正はあれほどまでに社会的に批判され、当該企業の存続すらおぼつかなくなる事態を何度も目にしてきた。ところが政府のこととなると、事態の深刻さと反比例するかのように扱いが小さい。昨年末に発覚した経産省内部での組織的な繊維統計改竄問題を気に留めた人はどれくらいいたであろうか。「経済産業省は26日、繊維製品の在庫量などを調べる「繊維流通統計調査」で長年、実態と異なる数値を記載していたと発表した。40超の品目ほぼ全てで改ざんがみられ、10年以上前の数値がそのまま記載され続け、実際の数値と最大10倍程度の差が生じた例もある。11月に経産省から業務を請け負う業者の告発があり、不正が発覚した」[『日本経済新聞』2016年12月27日]。
「政府統計の司令塔役である総務省の統計委員会は27日、経済産業省の繊維流通統計の改ざん問題について原因と再発防止策を検証した。西村清彦統計委員長は「捏造であり非常に深刻。統計改革の動きがあるなかで、信頼性に影響する問題」と述べ」[『日本経済新聞』2017年1月28日]ているが、統計法第60条にはこう記してある。「次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。二 基幹統計の作成に従事する者で基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為をした者」。
「ポスト真実」の時代だからこそネットリテラシーの涵養を説く議論は至極当然のことであり、それはまた統計についても同じことが言えよう。誰が、どのような定義に基づく何について、誰に対して調査し、どのように集計し、またどのように加工した数字なのかといったせめてもの要件についての確認が必要であろう。「真実に反するものたらしめる」者がいる可能性は排除されていないし、現にそういう者がいることが露見もしている。伊勢志摩サミットで突然に示された「参考データ」は政府の月例経済報告とも異なる景気認識となっており、それをもとに首相が「リーマン前に似る」との見解を示したが、討議参加の首脳からすら賛同は得られなかった。ところが「今後の事務の適正な遂行に支障を及ぼす恐れなどがあることから差し控えたい」とのことで、その作成過程すら不開示とされてしまったのだから[『日本経済新聞』2016年6月8日]。
「客観的な事実より、感情や個人の信念に訴えるものが世論の形成に大きな影響力を持つ現象を指す。目先の利害にとらわれ、ポピュリズムや反グローバル思考に走る世界。SNSが拍車をかけている面は否めない」との指摘も、その通りであろう[『日本経済新聞』2017年1月26日]。
その一方で、昨今は政策の立案や実行そしてその効果の検証において「Evidence based policy making」という考え方の重要性が喧伝されるようになってもいる。数字が出ているからといって即座にevidenceとはいかないが、この考え方を尊重するとすれば、政府が収集し、公表している統計データが重要な意味を持っていることは言うまでもない。2009年の統計法の改正も、社会の情報基盤として統計を整備し、その積極的な利用を促すのがその趣旨であったはずである。もちろん、「時系列の分析に支障を来す」諸々の政府統計の不備も指摘されてきた[『日本経済新聞』2015年9月22日]。「働く人の3割を占めるとされる非正規雇用は何人いるのか。パートやアルバイト、派遣など多様な形態があり、待遇の改善や的を絞った支援策を練るには正確な実態の把握が欠かせない。ところが政府の関連統計は約40もあり、定義や範囲がバラバラ」ゆえに、同じ対象なのに数に100万人以上の違いが生じるといった事態も発生する[『日本経済新聞』2013年11月18日]。これでは議論の基盤すら存在しないにも等しい。
「ポスト真実」では今や合衆国大統領ばかりに目が向きがちである。民間企業であれば食品偽装や会計不正はあれほどまでに社会的に批判され、当該企業の存続すらおぼつかなくなる事態を何度も目にしてきた。ところが政府のこととなると、事態の深刻さと反比例するかのように扱いが小さい。昨年末に発覚した経産省内部での組織的な繊維統計改竄問題を気に留めた人はどれくらいいたであろうか。「経済産業省は26日、繊維製品の在庫量などを調べる「繊維流通統計調査」で長年、実態と異なる数値を記載していたと発表した。40超の品目ほぼ全てで改ざんがみられ、10年以上前の数値がそのまま記載され続け、実際の数値と最大10倍程度の差が生じた例もある。11月に経産省から業務を請け負う業者の告発があり、不正が発覚した」[『日本経済新聞』2016年12月27日]。
「政府統計の司令塔役である総務省の統計委員会は27日、経済産業省の繊維流通統計の改ざん問題について原因と再発防止策を検証した。西村清彦統計委員長は「捏造であり非常に深刻。統計改革の動きがあるなかで、信頼性に影響する問題」と述べ」[『日本経済新聞』2017年1月28日]ているが、統計法第60条にはこう記してある。「次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。二 基幹統計の作成に従事する者で基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為をした者」。
「ポスト真実」の時代だからこそネットリテラシーの涵養を説く議論は至極当然のことであり、それはまた統計についても同じことが言えよう。誰が、どのような定義に基づく何について、誰に対して調査し、どのように集計し、またどのように加工した数字なのかといったせめてもの要件についての確認が必要であろう。「真実に反するものたらしめる」者がいる可能性は排除されていないし、現にそういう者がいることが露見もしている。伊勢志摩サミットで突然に示された「参考データ」は政府の月例経済報告とも異なる景気認識となっており、それをもとに首相が「リーマン前に似る」との見解を示したが、討議参加の首脳からすら賛同は得られなかった。ところが「今後の事務の適正な遂行に支障を及ぼす恐れなどがあることから差し控えたい」とのことで、その作成過程すら不開示とされてしまったのだから[『日本経済新聞』2016年6月8日]。