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「防災計画」は私たちを守ることができるのか?

投稿者 新川 達郎:2016年8月1日
この4月の熊本地震では、たくさんの方が被災されました。その後の救援や復興の努力も聞こえてきていますが、こうした被害からの回復は本当に大変です。実はその経験は、阪神淡路、中越、東日本など相次ぐ震災で経験してきたところでした。近年の震災による被害は、大規模で広域的に広がるとともに、人口集積地域に発生しているケースも多く見られます。こうした現状からは、従来の防災の考え方を見直していく必要に迫られてきています。加えて、従来から懸念されていたいわゆる東海大地震についても近年の諸研究によってさらに大きな災害の発生可能性が指摘されています。またいつ発生するのか、その可能性については、ますます不確実だとする研究結果も出ています。ですが、もう一方では、間違いなく発生するということも指摘されています。
改めて不確実な状況に対して、私たちの社会はどのようにして人々の安全を確保して行けばよいのでしょうか。その災害に対する安全確保の基本的な考え方として策定されているのが国と地方との双方にある「防災計画」です。私たちとその社会が、どのように危機に対処して行けばよいのかを、あらかじめ考えておき、いざという時に対処し、事後の適切な復旧等の措置を行っていくことを狙いとしています。国にも地方自治体にもそのための計画や行政組織が準備されることになります。
私たちの日常生活の中には様々な危険が潜在しています。身近なところでは犯罪や交通事故もありますし、人為的に引き起こされる大規模な災害としてテロや戦争、あるいはサイバーテロや大規模な公共交通機関の事故、放射性物質の拡散などもあります。人為的かどうかは区々ですが、大火災や伝染病の大流行(パンデミック)もありますし、自然災害に類するものとして水害や火山噴火もありますし、大規模な地震災害もあります、これらの災害が複合して被害が増幅されることもあります。
「防災計画」においては、こうした危険を想定して予防しあるいは回避し、場合によっては被害の程度を小さくするとともに被害からの回復力を高めることが大切です。これまでの災害に対する対応策は防災計画として災害を封じ込めることに主眼がありましたが、実際に災害が発生する場面を考えてみると、そうはいかないことが明らかになってきています。現実には、「想定」できることと、できないこととが双方ともに発生しているのです。
あらかじめ防災計画が災害を想定して対処方策を用意し、そして想定通りの災害があった場合には、発生を予防することができるかもしれません。発生自体は防げない場合にも被害を回避することは可能かもしれません。いわば「想定内」の危機や災害には、対処の仕様があるということになります。
しかしながらこれまでにもしばしば指摘されているように、「想定外」というのが多くの危機事態の現実なのです。災害は忘れたころに、考えてもみなかったものとしてやってくるのです。「想定外」にどのように対処したらよいのか。その考え方の一つが「減災」です。想定外の災害によって被災した場合に、その損害をいかに小さくすることができるのか、救援や復旧の手順と資源配分を適切に組み立てることができるかが問題になります。例えば、治療効果から考えるトリアージという医療資源の提供手順なども検討されています。
これからの「防災計画」は、「想定内」と「想定外」を考えつつ、「予防」と「減災」を考えることになります。その時に重要になるのは、一つは災害にかかわる科学的知見とその適切な理解です。二つにはその知見と被災の社会的許容度についての社会的共有です。三つには、それらの結果としての防災計画を広く深く伝えていくことです。別の言い方をすれば、サイエンス・コミュニケーション、デリブラティブ・コミュニケーション、そしてリスク・コミュニケーションが大切ということですし、これらを組織化し機能させることができるかどうかが公共政策的には問われることになります。
改めて不確実な状況に対して、私たちの社会はどのようにして人々の安全を確保して行けばよいのでしょうか。その災害に対する安全確保の基本的な考え方として策定されているのが国と地方との双方にある「防災計画」です。私たちとその社会が、どのように危機に対処して行けばよいのかを、あらかじめ考えておき、いざという時に対処し、事後の適切な復旧等の措置を行っていくことを狙いとしています。国にも地方自治体にもそのための計画や行政組織が準備されることになります。
私たちの日常生活の中には様々な危険が潜在しています。身近なところでは犯罪や交通事故もありますし、人為的に引き起こされる大規模な災害としてテロや戦争、あるいはサイバーテロや大規模な公共交通機関の事故、放射性物質の拡散などもあります。人為的かどうかは区々ですが、大火災や伝染病の大流行(パンデミック)もありますし、自然災害に類するものとして水害や火山噴火もありますし、大規模な地震災害もあります、これらの災害が複合して被害が増幅されることもあります。
「防災計画」においては、こうした危険を想定して予防しあるいは回避し、場合によっては被害の程度を小さくするとともに被害からの回復力を高めることが大切です。これまでの災害に対する対応策は防災計画として災害を封じ込めることに主眼がありましたが、実際に災害が発生する場面を考えてみると、そうはいかないことが明らかになってきています。現実には、「想定」できることと、できないこととが双方ともに発生しているのです。
あらかじめ防災計画が災害を想定して対処方策を用意し、そして想定通りの災害があった場合には、発生を予防することができるかもしれません。発生自体は防げない場合にも被害を回避することは可能かもしれません。いわば「想定内」の危機や災害には、対処の仕様があるということになります。
しかしながらこれまでにもしばしば指摘されているように、「想定外」というのが多くの危機事態の現実なのです。災害は忘れたころに、考えてもみなかったものとしてやってくるのです。「想定外」にどのように対処したらよいのか。その考え方の一つが「減災」です。想定外の災害によって被災した場合に、その損害をいかに小さくすることができるのか、救援や復旧の手順と資源配分を適切に組み立てることができるかが問題になります。例えば、治療効果から考えるトリアージという医療資源の提供手順なども検討されています。
これからの「防災計画」は、「想定内」と「想定外」を考えつつ、「予防」と「減災」を考えることになります。その時に重要になるのは、一つは災害にかかわる科学的知見とその適切な理解です。二つにはその知見と被災の社会的許容度についての社会的共有です。三つには、それらの結果としての防災計画を広く深く伝えていくことです。別の言い方をすれば、サイエンス・コミュニケーション、デリブラティブ・コミュニケーション、そしてリスク・コミュニケーションが大切ということですし、これらを組織化し機能させることができるかどうかが公共政策的には問われることになります。