同志社大学 政策学部

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サミット首脳宣言と「過剰生産能力」

投稿者 川浦 昭彦:2016年6月14日

投稿者 川浦 昭彦:2016年6月14日
 伊勢志摩サミットが終了した。サミット開始前には、三重県内に留まらない広域のテロ警戒態勢が連日報道され、サミット終了直後にはオバマ大統領の広島平和記念公園訪問の様子が複数のテレビ局により生中継された。それらの大きな扱いに比較すると、サミットで行われた首脳会議自体のニュースとしての扱いは地味であったような印象を受けた。

 サミットの成果は「G7 Ise-Shima Leaders' Declaration(G7伊勢志摩首脳宣言)」としてまとめられているが、本稿ではその中の以下の文章に注目したい。それは、宣言の「G7 Ise-Shima Economic Initiative(G7伊勢志摩経済イニシアティブ)」という項目に含まれている、We recognize that global excess capacity in industrial sectors, especially steel, is a pressing structural challenge with global implications and this issue needs to be urgently addressed through elimination of market distorting measures and, thereby, enhancement of market function.である。公式邦訳は「我々は,工業部門、特に鉄鋼における世界的な過剰生産能力は,世界的な影響を伴う差し迫った構造的課題であり、この問題は、市場を歪曲する措置を取り除き,もって市場の機能を高めることを通じて、緊急に対処する必要があると認識する。」となっている。
 「鉄鋼における世界的な過剰生産能力」と曖昧な表現になっているが、これは中国において鉄鋼生産が、中国国内市場のみならず、世界全体の市場での需要規模に照らし合わせても過剰に行われていることに懸念を表明したものである。この過剰生産能力(excess capacity)そのものは新しい問題ではなく、従来から経済学の枠組みで多くの研究が蓄積されている。今回の首脳宣言の中でそれが取り上げられたのは、その過剰の度合いが甚だしいことと、それが中国という一つの国に集中している一方でそれを解消する動きが見られないことに起因している。
 経済協力開発機構(OECD)の推計によると、2015年の世界の粗鋼生産能力は23.7億トンだが、これは需要を大きく上回っており、世界全体での過剰生産能力は7億トンを超えている。同年の中国の生産能力は11.6億トンで世界全体の5割に迫っているが、同国の生産能力は近年急速に拡大しており、過去5年間で4億トン以上も増えている。
 通常の市場経済では、過剰生産能力を抱えた企業は収益が低迷するために、単独で、ないしは業界内での合併などを通じて生産能力を縮小しようとする。その過程で生産性の低い設備は廃棄され、需給のバランスも回復し、企業は収益をあげられるようになる。ところが、中国では鉄鋼メーカーの多くは国営企業であり、過剰設備を抱え損失を出していても政府からの補助金により操業を継続することができる。こうした中国の状況が問題なのは、中国国内で消化されない鋼材が国際市場に安値で流れ出して、中国以外での鋼材価格も押し下げてしまうことである。この中国の過剰生産と輸出の急増は各国の鉄鋼メーカーの収益に打撃を与えるため、中国に対して生産能力の抑制を求める声が世界的に広がって来た。
 昨年9月にはOECDが閣僚級の会合を開き、OECD加盟国ではない中国の代表の出席を求めて過剰生産能力の削減を要求したものの、特筆すべき成果は得られなかった。伊勢志摩サミットでの首脳宣言の文章はその動きの延長線上にある。首脳宣言の「through elimination of market distorting measures(市場を歪曲する措置を取り除き)」という部分はまさに「過剰な能力を抱えた国営企業を補助金で延命することはやめて欲しい」という切実な要請である。サミット後、6月6・7日に北京で行われた米中戦略・経済対話でも、鉄鋼の過剰生産問題は対話の重要なポイントとなったが、残念ながら実効性のある合意は得られなかった。
 このように現状を打開できない中、各国で保護主義的な対応が誘発されつつあり、自由貿易の観点からも好ましくない。2016年6月11日の日本経済新聞(夕刊)の1面の記事「鋼材価格、二極化が鮮明」はまさにこの問題を扱っている。そこでは、米国やEUでは自国産業を保護するために中国からの輸入品に追加課税をするダンピング対抗措置を進めていて、米国ではその影響で鋼材価格が急上昇していること、さらにインド・ベトナムでも中国製品に対して緊急輸入制限(セーフガード)を発動したことが報じられている。
 過剰生産能力は、従来の研究では市場経済の枠組みで活動する企業を前提として分析されることが多かった。サミット首脳宣言に織り込まれた鉄鋼の過剰生産能力問題は、グローバル化の進展により変化する世界経済では、以前から存在する問題への対処にもこれまでとは異なる視点が要求されることを示している。