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ライドシェアと既得権益

投稿者 川浦 昭彦:2016年4月1日
政府は本年3月2日に国家戦略特別区域諮問会議を開催し、いわゆる「特区」での規制緩和策を決定した。その内容は同日付の文書「国家戦略特区における追加の規制改革事項等について」としてまとめられている(ホームページで「首相官邸トップ」→「国家戦略特区」で見つけられます)。同文書では今回の規制緩和策の対象分野が「医療イノベーションの推進・・・」「観光客を含めた外国人の受け入れ等」「農業の競争力強化・・・」の3つに分けられているが、「外国人の受け入れ」の項目の一つとして「過疎地域等での自家用自動車の活用拡大」が提唱されている。
その内容は、「過疎地域等における訪日外国人を始めとする観光客を中心とした運送需要に対応するため、地域住民の運送を主とした現行の自家用有償旅客運送制度を拡充し、主として観光客を運送するための新たな制度を創設する。」とある。一読しただけでは極めて分かりにくいが、これはマスメディアで「観光客対象のライドシェア」と紹介されている取り組みのことである。タクシーが無い地域でも、観光客がスマートフォンなどにより配車依頼をすれば、自家用車による輸送サービスを受けることを可能にするものである。運転手はボランティアではなく、観光客を目的地まで運ぶことで謝礼を受け取る。
実はこれは新しい政策ではなく、公共交通サービスの採算が取れる可能性が低く、タクシーのサービスも不足している地域において従来から行われてきた取り組みの延長である。マイカーを利用して客を輸送することは、いわゆる「白タク」行為として日本では道路運送法で禁じられている。しかし、交通機関が少ない過疎地などでは、自治体やNPOが管理する場合のマイカー配車は2006年の法改正で認められている。
しかし、いかなる規制の緩和にも、それにより好ましくない影響を受けることを恐れる事業者は存在する。この場合にはタクシー事業者がそれにあたる。全国自動車交通労働組合連合会(全自交労連)はタクシー業務に携わる労働者も加入する労働組合の連合体であるが、その中央執行委員長は今年1月に開催された中央委員会の挨拶で、「白タク問題については、国家戦略特区で白タクを解禁しようとする動きもあるが、真の狙いは都市部に拡大することだ。白タクは究極の規制緩和。安全安心のタクシーを守っていこう。3月8日に産別の枠を超えて白タク反対の大集会を行います。世論を喚起し、流れを変える総決起にしたい。」と諮問会議での規制緩和策決定に先回りして反対を表明していた(注)。その後日比谷公会堂で行われた「総決起集会」には、主催者発表で全国から約2,500人のタクシー運転手などが参加した。
こうした反対の動きは市町村でのライドシェア導入の取り組みにも影響を与えている。富山県南砺市はウーバー日本法人と2月に協定を結び、無償ボランティアによる自家用車の共有などの実証実験を始める計画を進めていたが、地元のタクシー業界の反発により実験の当面の見送りを表明した(日本経済新聞2016年3月11日朝刊12頁)。
「抵抗勢力」という言葉が2001年の新語・流行語大賞で入賞したように、小泉政権の時代には既存事業者・既得権益を享受するものが規制緩和の障害となることは広く認識されていた。それから10年以上経過し、いわゆるアベノミクスの「第3の矢」として謳われているように、経済活動に課される制約を取り除くという意味での規制緩和の重要性への認識は変わらないものの、自らの利益を守るために政策変更に抵抗する人々の活動への関心は薄れているように思われる。
今回の「観光客対象のライドシェア」は、そもそも公共交通機関・タクシーの利用が困難な過疎地域で自家用車を利用して観光客の移動の利便性を高めようとする、誰の利益も脅かしそうにない政策である。そうした政策に対しても、自らの利害を損なう僅かの可能性を見出して反対のロビー活動を行う人々は存在する。そうした反対にどう対処していくかを考えることも、政策を研究するものにとっての課題と言えるであろう。
注)全自交労連ホームページ <http://www.zenjiko.or.jp/news/news_20160122.html>
その内容は、「過疎地域等における訪日外国人を始めとする観光客を中心とした運送需要に対応するため、地域住民の運送を主とした現行の自家用有償旅客運送制度を拡充し、主として観光客を運送するための新たな制度を創設する。」とある。一読しただけでは極めて分かりにくいが、これはマスメディアで「観光客対象のライドシェア」と紹介されている取り組みのことである。タクシーが無い地域でも、観光客がスマートフォンなどにより配車依頼をすれば、自家用車による輸送サービスを受けることを可能にするものである。運転手はボランティアではなく、観光客を目的地まで運ぶことで謝礼を受け取る。
実はこれは新しい政策ではなく、公共交通サービスの採算が取れる可能性が低く、タクシーのサービスも不足している地域において従来から行われてきた取り組みの延長である。マイカーを利用して客を輸送することは、いわゆる「白タク」行為として日本では道路運送法で禁じられている。しかし、交通機関が少ない過疎地などでは、自治体やNPOが管理する場合のマイカー配車は2006年の法改正で認められている。
しかし、いかなる規制の緩和にも、それにより好ましくない影響を受けることを恐れる事業者は存在する。この場合にはタクシー事業者がそれにあたる。全国自動車交通労働組合連合会(全自交労連)はタクシー業務に携わる労働者も加入する労働組合の連合体であるが、その中央執行委員長は今年1月に開催された中央委員会の挨拶で、「白タク問題については、国家戦略特区で白タクを解禁しようとする動きもあるが、真の狙いは都市部に拡大することだ。白タクは究極の規制緩和。安全安心のタクシーを守っていこう。3月8日に産別の枠を超えて白タク反対の大集会を行います。世論を喚起し、流れを変える総決起にしたい。」と諮問会議での規制緩和策決定に先回りして反対を表明していた(注)。その後日比谷公会堂で行われた「総決起集会」には、主催者発表で全国から約2,500人のタクシー運転手などが参加した。
こうした反対の動きは市町村でのライドシェア導入の取り組みにも影響を与えている。富山県南砺市はウーバー日本法人と2月に協定を結び、無償ボランティアによる自家用車の共有などの実証実験を始める計画を進めていたが、地元のタクシー業界の反発により実験の当面の見送りを表明した(日本経済新聞2016年3月11日朝刊12頁)。
「抵抗勢力」という言葉が2001年の新語・流行語大賞で入賞したように、小泉政権の時代には既存事業者・既得権益を享受するものが規制緩和の障害となることは広く認識されていた。それから10年以上経過し、いわゆるアベノミクスの「第3の矢」として謳われているように、経済活動に課される制約を取り除くという意味での規制緩和の重要性への認識は変わらないものの、自らの利益を守るために政策変更に抵抗する人々の活動への関心は薄れているように思われる。
今回の「観光客対象のライドシェア」は、そもそも公共交通機関・タクシーの利用が困難な過疎地域で自家用車を利用して観光客の移動の利便性を高めようとする、誰の利益も脅かしそうにない政策である。そうした政策に対しても、自らの利害を損なう僅かの可能性を見出して反対のロビー活動を行う人々は存在する。そうした反対にどう対処していくかを考えることも、政策を研究するものにとっての課題と言えるであろう。
注)全自交労連ホームページ <http://www.zenjiko.or.jp/news/news_20160122.html>