同志社大学 政策学部

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教員紹介


研究者情報データベース JapaneseEnglish
吉田 徹教授
よしだ とおる
吉田 徹 教授

専門分野先進国政治の比較
研究室渓水館208号室
 個人ホームページ
メールアドレスtyoshida@mail.doshisha.ac.jp

専門分野について

ヨーロッパは、日本列島の南北に収まる程度の領域に、古くからの歴史を持った国々が群雄割拠の如く、共存や対立を繰り返してきた地域です。それゆえ、この地域は戦争と平和、圧制と革命、国の消滅や再生といった劇的な歴史を経験してきました。そのなかでは、フランス革命、資本主義、議会制民主主義、帝国主義、ファシズム、平和主義、福祉国家、地域統合など、日本はもちろん、世界に影響を与えた出来事や事件、統治制度を生み出しました。また、こうした現実世界での激動は、自由主義や共和主義、社会主義、コミュニズム、社会民主主義、リベラル・デモクラシーなど、多様な政治と経済を発展させてきました。
このような豊穣な歴史と経験が「縦軸」だとすれば、それらをどのように統一的に解釈したり、応用が可能になったりするのかという問題意識は、「比較政治学」という学問へと昇華してきました。特に、国家建設やナショナリズム、民主化、政党政治、政治体制、福祉国家、執政府といった概念は、ヨーロッパやアメリカといった先進国以外の地域や国々を分析し、その発展の足跡や行方を知るためにも、ますます重要なものになってきています。
私自身は、フランスの現代政治・政党政治・政党組織論と政治的リーダーシップ論を手がかりに、各国政治が欧州統合という前代未聞の政治的プロジェクトにどのように対応してきたのか・してこなかったのか、さらにその鍵となる各国の政治社会を規定するダイナミズムの把握・分析に務めてきました。簡単にいえば、政治とは、国や地域といった共同体の構成員に関わる特定の争点をめぐって、合意を得るために用いられる権力をめぐる争いや協調のことと定義できますが、その形式やパターンがある国の現在と過去、あるいはある国とその他の国でなぜ異なっているのかを突き止めることを研究関心の中心に置いてきました。ある国や地域で、ある特定の考えや行動が取られたとして、なぜ他の国はそうならないのかーーそうした視点にとっては、比較政治学が発展させてきた様々な分析ツールや概念を活用することは欠かせません。
以上を問題意識として、近年では先進国のポピュリズムや新たな政治的急進主義が現代政治や社会にどのような影響を与えているのか、あるいはそれらがどのような変化の予兆であるのかを、理論的・経験的に分析することに関心を抱くようになりました。「問題は、流動しつつあるもの、生成しつつあるものについての知識、創造的な行為についての知識が存在するか」とは政治社会学者カール・マンハイムの言葉ですが、現在目の前で生起しつつある政治的現象を、過去の歴史や他の国々の経験や事例から、どのように解き明かすことができるのかは、政治学に課された重要な使命だと考えています。

プロフィール

1975年に東京都で生まれましたが、生後すぐに引っ越し人生が始まりました。義務教育は海外で受け、高校(都立国際高校)と大学(慶応義塾大学)は再び関東圏でしたが、その後、フランス、東京、アメリカ、札幌などと移住を繰り返す人生となりました。大学卒業後に独立行政法人(JETRO)で3年間、いわゆる「社会人」を経験した後、大学院修士課程(東京大学総合文化研究科)に進学、2008年に博士号(同右)を取得しました。2021年度までは北海道大学法学研究科で教鞭をとっていました。
生来の「根無し草」の経験を活かそうと、研究教育以外にも、これまで民間の「シノドス国際社会動向研究所」、「言論NPO」、「子ども食堂KaoKao」、その他労働組合の研究所やコミュニティ・ラジオなどでも活動し、ジャーナリズムとのコラボも手掛けてきました。人生もそろそろ折り返し地点、どのようにこれから世間に恩返しをしていくべきか、思案している所です。

メッセージ

「自由」であるための方法と意味

私が尊敬するある政治学者は「良い比較政治学者(comparative political scientist)になるためには、自分に対しても相対的(compatative)にならないといけない」と書いています。すなわち、自分という存在と、その存在を成り立たせている環境や意識はどこから来ているのかを知るためには、様々な形で「旅」を続けることが大切です。異国に出かけること、自分とは違う人たちと飲み食いすること、昔に書かれた本を読むこと、違う世界についての映画を観ることーーそうした様々な「旅」を経験することで、私たちは自分を相対化でき、「イマ・ココ」だけが必ずしも特権的な立場にあるわけではないことを知ることができます。そのことを体験できて、私たちははじめて、自分に対しても、他人や環境に対しても「自由」になることができます。そうして手に入れることのできた「自由」とそこから派生する「責任」を、人生を切り拓くための「力」へと転換することを手伝うのが大学教員の使命のひとつだと確信しています。