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アジャイル型政策形成・評価

投稿者 三上 真嗣:2023年6月1日

投稿者 三上 真嗣:2023年6月1日


 2021年11月以降、岸田文雄内閣において「デジタル臨時行政調査会」が開かれています。行政のデジタル化はこれまでにも試みられてきましたが、IT企業やソフトウェア業界におけるマネジメントの思想や手法を本格的に公共部門に応用する点で、今回の改革は新しいものです。その1つが「アジャイル開発 」に影響を受けた「アジャイル型政策形成・評価」です。政策学部生の皆さんは、何を学び、何を考える必要があるのでしょうか。
「アジャイル型政策形成・評価」とは、デジタル時代に即して、政策の形成、実施、評価のプロセスを「迅速に」すすめることであり 、牧島かれんデジタル大臣(当時)は次のように説明しています。

「リアルタイムデータを含む様々なデータを活用しつつ、政策目的の実現に向けてスピーディーに政策サイクルを回し、モニタリング・効果検証をしながら、柔軟に政策の見直し・改善を行っていく」(2021年12月22日,デジタル臨時行政調査会 第2回資料 )。

 その具体例を知るために、先行事例に目を向けてみましょう。じつは、「アジャイル」にいち早く取り組んできたのは開発協力や政府開発援助(ODA)の領域です。世界銀行における「アジャイル型評価(agile evaluation)」の提唱をうけて、デジタル・データの分析・評価に関する体制整備が進むようになり、これまでの手法に加えて統計手法やネットワーク分析 、さらには機械学習などのデータサイエンス手法も応用が始まりつつあります。いわゆる「データ駆動(data-driven)」な政策過程を進めようとしているのです。日本でも、政策評価の実務家や研究者が集う学会でそうした評価手法が議論されています
 こうした改革を考える際には、少なくとも次の3つの議論が必要でしょう。
 第1に、「政策」に関する議論です。SNSや広告、産業用機械のデータなどはリアルタイムに収集・分析可能ですが、福祉や教育といった政策の現場では思うように収集できないことも多いでしょう。1960年代にアメリカで失敗したPPBSの轍を踏まないように、各政策領域の事情を考慮した制度設計・運用が必要となります。また、データの収集・分析にあたっては、「市民目線・住民目線」を忘れないことが大切です。マイノリティの声を「外れ値/ノイズ」と切り捨てず、耳を傾ける配慮も民主主義の観点から求められます。
 第2に、「行政」に関する議論です。行政特有の事情が考慮されていなければ、高度な手法も上手く活用できません。そもそも、分析に用いるデータの生成や入力は誰が担うのでしょうか。行政における人的リソースの不十分さは、コロナ禍で顕わになったはずです。もし、保健所で保健師がデータ入力業務に追われるならば、本来の政策実施がより非効率・非能率になり、政策の有効性は下がってしまいます。
 第3に、「運用」に関する議論です。そもそも、政策の成功を「喧伝」するのか、政策の失敗について「注意喚起」するのか。あるいは、過去を反省するのか、将来を予測するのか。その目的によって運用方針が変わります。分析・評価の手法には多様な考え方が混在しています。目的と手段の関係からその有用性を考える必要があるでしょう。
 アジャイル型政策形成・評価は、政策を迅速に改善するのに役立つはずです。しかし、そこには予期せぬ問題も生じます。この動向を注視するためには、社会科学にとどまらず、理工系を含めた、極めて幅広い知識や技術を学ぶ必要がありますが、幸い政策学部生の皆さんは、そのすべてを学ぶことができる環境にいます。政策を考えるために、あらゆる分野を学ぶ貪欲さと、使えるものは何でも使う柔軟さが求められます。


  • ⅰ 「アジャイル開発」は、エンジニアが日常的に接するキーワードです。2001年に著名なエンジニアたちが、アジャイル開発の重要性を宣言しました。この「アジャイルソフトウェア開発宣言」において、アジャイルが達成すべき4つの価値が示されました。すなわち、「①個人との対話、②動くソフトウェア、③顧客との協調(Collaboration)、④変化への対応」です(https://agilemanifesto.org/iso/ja/manifesto.html、2023年5月25日閲覧)。ただし、この要素のどこに力点を置くかは、論者やその時々の文脈によって変わっています。
  • ⅱ この改革の理論的な意味を考える際には、森田朗(1988)『許認可行政と官僚制』岩波書店, 第1章が参考になります。
  • ⅲ 「デジタル時代の構造改革とデジタル原則の方向性について」(https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c98d7d7a-24f2-45fe-a3b9-14c635966105/20211222_meeting_extraordinary_administrative_research_committee_01.pdf、2023年4月28日取得)。なお、これまで政策評価論や行政学であまり使われてこなかった「効果検証」という表現から、計量経済学やデータサイエンスの考え方が混ざっている点がうかがえます。効果検証の具体的な手法を知るには、安井翔太(2020)『効果検証入門―正しい比較のための因果推論/計量経済学の基礎―』技術評論社 が参考になります。
  • ⅳ 2016年に、独立評価グループ(IEG: Independent Evaluation Group)の評価局長Caroline Heiderが世界銀行のブログで提唱しました(https://ieg.worldbankgroup.org/blog/agile-evaluation、2023年4月28日閲覧)。
  • ⅴ 政策学部の多田実先生の授業では、ネットワーク分析の奥深い世界の一端に触れることができます。数式が得意な学生は、鈴木努(2017)『Rで学ぶデータサイエンス8―ネットワーク分析― 第2版』共立出版を参照。
  • ⅵ サイバーエージェント所属の藤田光明氏による報告。日本評価学会第21回全国大会 共通論題4 ITの利用と評価「IT事業をグロースさせるRCT」(2020年11月28日)。藤田氏は、データサイエンティストとして共同翻訳にも参加。Cunningham, S.著 加藤真・河中祥吾・白木紀之・冨田燿志・早川裕太・兵頭亮介・藤田光明・邊土名朝飛・森脇大輔・安井翔太 訳(2023)『因果推論入門―ミックステープ:基礎から現代的アプローチまで―』技術評論社。なお、本書は英語であればウェブ上で無料公開されています。
  • ⅶ Planning Programming Budgeting System。その経緯については、Schick, A. (1971). From Analysis to Evaluation. The Annals of the American Academy of Political and Social Science, 394(1), 57–71. を参照。
  • ⅷ 松下圭一(1975)『市民自治の憲法理論』岩波書店 を参照。
  • ⅸ 「平均」や「回帰」等の歴史的な意味や背景を知るには、オリヴィエ・レイ著 原俊彦監・池畑奈央子訳(2020)『統計の歴史』原書房 が参考になります。
  • ⅹ ランダム化比較試験で実験を進め、帰無仮説検証法で政策の効果の有無を厳密に知るべきか。あるいは、個人差や場所差を考慮するために、マルコフ連鎖モンテカルロ法を応用したベイズ推論を用いるべきか。さらに、予測やパターン認識に特化した機械学習をすすめるべきか。そもそも、現場を入念にみつめるアナログな調査に立ち戻るべきか。当然、歴史をたどることも大事です。いずれの手法も大切ですが、それぞれにメリットとデメリットがあります。政策学部生はすべてを学ぶべきでしょう。

 統計学、ベイズ統計、機械学習などを幅広く学んでみたい政策学部生には、文化情報学部の先生が執筆した阿部真人(2021)『データ分析に必須の知識・考え方 統計学入門』ソシム が全体像をつかむのに役立ちます。統計学の政策への活用を学びたい政策学部生は、政策学部の久保真人先生と川口章先生が執筆している久保真人編『社会・政策の統計の見方と活用―データによる問題解決―』朝倉書店 を読むべきでしょう。また、モデル間の関係を理解するためには、久保拓弥(2012)『データ解析のための統計モデリング入門―一般化線形モデル・階層ベイズモデル・MCMC―』岩波書店 もおすすめです。