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新型コロナウイルス感染拡大で“これまで”の職場・労働が“これから”の職場・労働へと変わるために求められるものとは何か

投稿者 田中 秀樹:2020年7月1日

投稿者 田中 秀樹:2020年7月1日

 2020年は世界史に残る一年になるはずである。言うまでもなく、その理由は新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大による社会の停滞、そしてそれらによる社会の変化をもたらした年として歴史に刻まれることになるからだ。我が国においても、改正新型インフルエンザ対策特別措置法により、4月7日に7都府県を対象に緊急事態宣言が発令され、4月16日には全国に対象拡大がなされた(5月25日には解除)。周知の通り、この緊急事態宣言発令を受けて、“これまで”の社会のあり方の多くが変化した。変わった“これまで”として、職場・労働のあり方がある。
 独立行政法人労働政策研究・研修機構(The Japan Institute of Labour Policy and Training, 以下JILPT)の調査(N=4,307名:民間企業の雇用者)では以下のような結果が示されている[1]。回答者たちが勤めている会社では、今回のコロナ禍における政府・自治体要請あるいは自社判断によって、「在宅勤務・テレワークの実施」(29.9%)、「出張の中止・制限」(24.4%)、「WEB会議、TV会議の活用」(21.6%)や「出勤日数の削減」(21.4%)など就労面での取り組みを行っている。これらの取り組みは大企業ほど実施している傾向にある(1,000人以上の企業では、「在宅勤務・テレワークの実施」は半数超)。「在宅勤務・テレワークの実施」日数については、新型コロナ問題が発生する前は「行っていない」企業が68.9%であったが、4月第2週(全国緊急事態措置前)・5月第2週(全国緊急事態措置後)とそれら日数が増加している。とりわけ、「1~2日」(4月第2週 30.1%;5月第2週 38.0%)と「5日」(同じく、25.8%; 30.9%)という回答が多く、新型コロナの影響が生じる前に比べて、そして4月第2週から5月第2週にかけて、「在宅勤務・テレワーク」の実施が拡がった様子がJILPTデータからも見ることができる[2]。
 新型コロナウイルス感染拡大が問題となる以前においては、「在宅勤務・テレワーク」という言葉は聞いたことはあるものの「自分には関係ない」と思っていた労働者も多かったのではないだろうか。しかし、今回のコロナウイルス感染拡大防止そして緊急事態宣言を機に、これまでは新たな取り組み(例えば、いわゆる新しいテクノロジーやオンラインサービスなどの取り込みなど)に積極的な企業だけの話とされることの多かった「在宅勤務・テレワーク」の実施に踏み切った企業も多かった。では、「在宅勤務・テレワーク」の実施は労働者にとって歓迎できるものであったのだろうか。
 各種調査[3]では、テレワーク経験者の一定数はテレワークの継続を希望しているという結果も示されている。しかし、その一方で、テレワークによって起こった問題・明らかになった課題も存在する。
 まず、職種間でのテレワーク実施格差である。職種によっては、「実験設備が会社にしか設置されていない」「データベースへのアクセスが遠隔では不可であり出勤せざるをえない」などの理由で、テレワークが実施できない職種も存在する。また、今回テレワーク導入に切り替えた企業の多くは、従前どおりのオフィスでの勤務を前提とした勤務形態を想定した設備設計を行っていたはずなので、本来テレワークが可能である職種であってもテレワーク導入職種とそうでない職種が生じているという事態も発生している。今後、テレワークを継続するのであれば、人事管理上、この格差へのケアをきちんと考える必要があるだろう。さもなければ、企業内あるいは職場内で不平等感を増加させるというテレワークによる逆機能発生も懸念される。
次に、テレワークにおけるコミュニケーションツールの活用格差である。筆者が企業人事関係者・管理職たちに行ったヒアリングで多くの方が共通して発言した課題があった。それは、「上司や職場リーダーのコミュニケーションツールへの受容度や使用スキルによって、各職場の仕事の進み度合いが異なるケースがある」という点だ。すなわち、テレワークに伴い様々なオンラインツール(ZOOM、Asana(プロジェクト管理ツール)やSlackなど)の利用が始まった(あるいは以前よりも利用促進された)企業は多いが、それらの使用のあり方(頻度や期待される使用法)はその職場・チームの管理職の力量による部分が多いということだ(もちろん、今回のテレワーク導入は迅速な対応が求められたため、満足いく講習会などが実施されぬままテレワーク、そしてオンラインツールの活用に走ってしまった感が否めない。そのため、ツール活用に悩む(その類が苦手な)中高年管理職の苦悩も理解できるのだが…)。
 「メールの活用くらいならばデジタルに弱くてもできるだろう」「メールベースで仕事を進めれば問題ないのではないか」という反論があるかもしれない。非言語的コミュニケーションの重要性を説明するメラビアンの法則[4]によると、メールのような言語情報(Verbal)、話し方などの聴覚情報(Vocal)、表情などの視覚情報(Visual)のうち、言語情報で伝わる内容は聴覚情報や視覚情報で伝わる内容よりもはるかに少ないという指摘がなされている。すなわち、メールよりも、画面越しであってもTV会議システムを利用したほうが仕事におけるコミュニケーション(と正しい情報伝達)が円滑に進むことが期待できる。したがって、メールベースのみで仕事を進めることには限界が存在する。
 今回のコロナ禍によるテレワークの導入によって我が国で再認識された点に、日本の職場における職務設計のあり方がテレワークになじむものでない(ことが多い)という点がある。職務範囲の明確さは、以前と比べたら、明確になりつつあるものの、職場において誰の職掌か分からない、いわゆる「アレ誰」(=「あれは誰が担当する(べき)仕事なの?」)案件は未だ多く存在する。職務の範囲が定まっていないと、テレワークによる遠隔での分業はうまく運用できなくなる可能性が高まる。また、曖昧な職務設計であったため、いざテレワークが始まったものの、これまでのような評価方法は通用せず、「成果をどのように測るべきか」「成果を可視化するために職務配分をいかに行ったら良いのか」という課題に直面している管理職の話も聞く。テクノロジーにあまり強くない管理職にとっては、不慣れなツール操作に加えて、仕事配分もうまく回らないというダブル・パンチになりうる。今後、テレワークを推進するのであれば、管理職のテレワークスキル向上とともに職務設計のあり方を再考することも必要であろう。職務設計の再考を行うことでテレワークへの向き・不向きが明らかになり、上述した職種間不平等感の解消に加えて、職務間不平等感の解消を試みるための貴重な情報になるだろう。
 筆者は、テレワークをうまく運用するために、今、最も求められるのは、“アンラーニング(unlearning)”の姿勢であると考える。アンラーニングとは「学習棄却」であり、これまでの知識や価値観を意識的に捨て去ることを指す。変化の激しい現代において、環境変化への適応術として注目を浴びている概念である。我々の行動・知識・価値観は先人及び自身の過去の学びや経験に基づくものであるが、これまでの学びや経験では対応できないことも多々出現している時代がまさに現在であろう。すなわち、我々は、今、意識的に学習棄却を行い、変化への対応策を生み出す必要がある。テレワークの進展やオンラインコミュニケーションの進展は、これまでの職場や仕事のマネジメントにおけるアンラーニングを促す大きな契機であり、ここでアンラーニングできるかどうかによって企業あるいは労働者としてのサバイバル競争における優位性も変わってくるだろう。

 テレワークは上記のような課題を解決することで、今後社会に進展していくことが予想されるが、そのことによって弊害は産まれないのであろうか。
 今回のコロナ禍よりも以前ではあるが、実は、テレワーク先進企業である(あった)IBMでは2017年5月時点で在宅勤務者をオフィス勤務に戻す動きがあった[5]。我々がテレワークを進めているだろうと印象を持ちがちなアップルやグーグルなどにおいてもテレワークを推奨しているかというと、実はそうでもない。これらの企業の代名詞の一つでもある魅力的なオフィス空間を用意して、従業員が職場に集まることを喚起している。なぜなのか。
 上記の企業に限らず、テレワークから職場回帰を促す企業の多くは、従業員のコミュニケーション不足を解消するために従業員を職場に戻していると考えられる。このコミュニケーション不足こそがテレワークの弊害なのである。筆者が進めているオンラインでのヒアリング調査でも、テレワークによる「社員間の雑談の減少」が課題であるという方もいる。また、テレワークを進めるにあたって重要なポイントでもある伝達情報の精査や情報量圧縮による「情報の簡潔さ」が仇となり、いわゆる“遊びの情報”(=仕事に直接関係ないが共有することで何かが生まれるかもしれない情報・情報源)が捨象されてしまっているという課題もあるという。
 オンラインコミュニケーションは便利であるものの、コミュニケーション相手の固定化が懸念される。オンラインコミュニケーションで初対面の人と話す、あるいは直接仕事で関係しない他部署の人と日時設定してオンラインで会話を交わすことは、思ったよりも(準備や精神的な)障壁が高いことに気づいた方も多いのではないだろうか。しかし、新たな知の融合・創出は、決まった相手との既定路線に沿ったコミュニケーションよりも様々な相手との雑談も含んだコミュニケーションによって起こることが多い。イノベーションや創造的な成果をもたらすには、雑談や遊びの情報の役割は重要である。
 また、TV会議などで顔を見合わせているとはいえど、同じ空間にいることが通常であった“以前の日常”からの変化に伴い、職場での人間関係に不安を感じる労働者も存在する(前掲JILPT調査では6.2%: N=4,307名)。同じ空間で対面しないことによる人間関係の変化や互いの信頼感への影響についても、今後のテレワーク推進にあたっては注視するべき点であろう。
 現在、テレワークから職場回帰に社会が進みつつあるが、テレワークと職場での勤務双方のメリット・デメリット、そしてそれらのために変化させなければならない意識・価値観・仕組みをきちんと考えることが組織・職場や労働者には求められるだろう。今回のコロナ禍及びそれらに対する職場・労働において変化させるべき意識・価値観・仕組みは数多く存在することが明らかになりつつある。ウィズコロナそしてアフターコロナにおいては、それらの変化とその変化の受容のためにも、社会全体がアンラーニングに取り組む必要があるのかもしれない。


[1] 独立行政法人労働政策研究・研修機構プレスリリース「新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査」(一次集計)結果
https://www.jil.go.jp/press/documents/20200610.pdf
[2] データ出所は[1]と同様であるが、ここでのサンプルは「在宅勤務・テレワークの実施」を行う「民間企業の雇用者」である。N=1,270名。
[3] 例えば、HRテクノロジー総研「リモートワーク実態調査」や日経ウーマノミクス・プロジェクト調査など。
[4] Mehrabian, A. (1972) Nonverbal Communication. Transaction Publishers.
[5] 今回のコロナ対応においてもIBMは2020年5月中旬段階で「Return to Workplace」が発表されており、他企業に先んじて職場回帰への指針を発表している(参照:IBMホームページ IBM Shares Its “Return to Workplace Playbook” )。