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行政機関における障害者雇用の水増し問題

北川 雄也 投稿者 北川 雄也 : 2019年6月1日

 2018年8月以降、厚生労働省などの調査によって、日本の中央省庁や地方自治体では、「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下、「障害者雇用促進法」と表記)で定められている障害者雇用率が実際には守られていないことが発覚した。要するに、障害を有していると考えられない職員などを障害者として算入し、法律で定めている障害者雇用率を達成しているように偽装したのである。本稿では、障害者雇用の水増しの実態について簡単に触れたのちに、いったい何が問題であったのかを整理しておきたい。なお、現在の法定の障害者雇用率は、全職員のうち2.5%である(民間企業では、2.2%)。

 障害者雇用の水増しの数は、中央省庁では約3700人、地方自治体では約3800人であったとの調査結果が出ている(「時時刻刻 水増し 低い規範意識」朝日新聞2018年10月23日朝刊2面、「障害者算入『勝手に』『漫然と』 雇用水増し 地方自治体3.8千人」朝日新聞2018年10月23日朝刊35面)。具体的な水増しの事例としては、「うつ状態」と診断された職員を「身体障害者」として算入していたり、視覚障害を矯正視力でなく健康診断結果等の裸眼視力で判断していたりするなどずさんな事例がいくつも発見された(国の行政機関における障害者雇用に係る事案に関する検証委員会 報告書 https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000371020.pdf)。なお、水増しされた数を引くと、実際の障害者雇用率は国の行政機関では1.18%、地方自治体では2.16%となっている。
 しかし、このような不正の何が問題なのか疑問を抱く人もいるかもしれない。そこで、いくつかの問題点について整理しておく。
 まず、大前提として、法律を遵守していない点は大いに問題がある。障害者雇用促進法の下では、障害者として雇用する場合には、障害者手帳の所持あるいは医師の診断書の提出を確認する必要がある。しかし、本人に対する確認がないままに、勝手に障害者として算入する違法な運用が長年の間行われていた。これは、「法律による行政の原則」に反する行為であり、立法趣旨に反した政策実施という意味で根本的には議会民主主義を無視していると評価せざるをえない。つまり、障害者雇用の問題に限らず、行政全体の信頼を損ないかねない事態なのである。
 つぎに、障害者の社会参加を推進する意識に欠けている点が露呈したのは問題である。本来、政策推進主体である行政は、率先して障害者雇用を行い、民間企業に対する模範的存在であらねばならない(第4次障害者基本計画)。それゆえに、民間企業の法定雇用率よりも、中央省庁や地方自治体における法定雇用率の方が高く設定されているのである。しかし、民間企業に適用されている法定雇用率すら達成できていない実態が明らかとなった。現在、障害者を家庭内や施設に隔離し社会から排除するのではなく、健常者と同じく障害者も社会に出て職業生活を送ることができるよう支援しようという社会規範が少しずつ浸透しつつある。そのようななかで、支援の中心的役割を担うはずの行政が門戸を閉ざしているのであれば、障害者の完全なる社会参加への道はほど遠いといわざるをえない。
 ただし、民間企業での雇用の場合清掃業務や印刷物の整理業務など障害の特性に合わせて柔軟に業務を切り分けることが可能である一方、行政職員の場合は文書作成などの事務作業が中心となる。そのため、障害者の雇用は困難であると認識される。この点は、「水増しは不正なことだが、やむを得ない」と行政職員や一般市民に思わせる一番の要因であろう。
 また、行政が障害者雇用に力を入れれば入れるほど、民間企業との人材採用競争が激化する側面もある。障害の種別のなかで文書作成などの事務作業が可能であるのは、一般的には身体障害者(肢体不自由・聴覚障害・視覚障害)が中心となる。そのため、行政は身体障害者の雇用を優先する。他方で、民間企業にとっても、いわゆる「生産性が高い」人材を集めるためには、身体障害者の雇用が望ましい。したがって、行政と民間企業の間で人材採用競争が発生し、身体障害者を採用できなくなった民間企業から反発を招きかねない。すでに、行政における水増し問題の発覚以前から、身体障害者の人材供給は枯渇傾向にあり、民間企業においても法定雇用率達成のためには知的障害者や精神障害者の雇用を拡充する必要がある状態となりつつある。
 最後に、障害者政策の理念は、「障害の種別に関係なく」、障害者が健常者と同様にあらゆる分野の活動に参加する機会を確保する点にあることを確認しておきたい(障害者基本法第3条)。雇用の分野でも、行政・民間を問わず、身体障害者だけでなく、知的障害者や精神障害者の雇用を拡充していく必要がある。たしかに、とりわけ行政に関しては、従事する業務形態の制約が強い。しかし、模範たる役割を果たすためには、障害の特性に合わせた柔軟な働き方を模索し実践していかなければならない。たとえば、精神障害者の職員については時短勤務やテレワークによる事務作業を認める業務形態にしたり、知的障害者の職員についてはマニュアルを簡明かつ詳細に作成したうえで窓口業務を担当してもらったりするなどの働き方が考えられるであろう。