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政策最新キーワード

ソーシャル・キャピタル

新見 陽子 投稿者 新見 陽子 : 2019年5月1日

 近年,日本でも「ソーシャル・キャピタル(social capital)」という言葉をメディアなどでよく耳にするようになりました。日本語では,「社会関係資本」などと訳されており,人々の信頼や絆,地域社会での人間関係やネットワークの意味で用いられています(*1)。 ソーシャル・キャピタルの重要性に関しては,国の発展においてのみならず,最近では,人々の健康や地域社会活性化などとの関連においても議論されるようになりました。

 実は,この「ソーシャル・キャピタル」という言葉は,今から1世紀以上前,米国ウェストバージニア州で農村学校の州教育長(state supervisor of rural schools)などを務めていたL. J. ハニファン氏が執筆した論文(1916年)の中で使われたのが初めとされています。ハニファン氏は,学校がうまく機能するためにはコミュニティの関与が重要であることを指摘し,コミュニティの構築に不可欠なのは社会を形成する個人や家族間における善意や仲間意識,相互の共感,社会的交流などといったソーシャル・キャピタルの蓄積であると説明しています。ただ,ソーシャル・キャピタルという概念を世に知らしめたのは,R. D. パットナム米ハーバード大学教授でした。パットナム教授は,1993年に出版した『Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy(邦題: 哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造―)』の中で,イタリアの各地方政府のパフォーマンスを比較分析し,歴史的に人々のつながりが垂直的な傾向にあった南部に比べ,人々のつながりがより水平的で市民社会活動が活発であった北部の方がソーシャル・キャピタルがより多く蓄積されたことで,民主主義がうまく機能し,経済的繁栄がもたらされたと論じています。
 その後,ソーシャル・キャピタルの概念や計測方法などについて様々な論争がありましたが,基本的には,ソーシャル・キャピタルは,物的資本や人的資本などと共に,国の経済発展や貧困削減において重要であると考えられています。それでは,ソーシャル・キャピタルは,どのような経路で経済活動に影響をおよぼすのでしょうか?一つには,情報や知識,技術の伝達を助ける働きです。ソーシャル・キャピタルがある社会では,人々の間でネットワークがある程度構築されていることから,それを通じで情報や知識,技術がよりスムーズに伝達されます。もう一つは,信頼関係を通じた効果です。必ずしも人々の間で同じ情報が共有されているとは限らず(「情報の非対称性」),このような状況下での経済活動は非効率になってしまう傾向(いわゆる「市場の失敗」)があります。しかし,取引を行う両者の間に信頼関係があれば,情報の非対称性から発生する問題が緩和され,経済活動がより効率的になります。例えば,銀行が個人に融資するにあたり,その顧客の返済能力に関する情報がない場合,銀行は顧客が返済してくれない可能性を考え,利子率を高く設定せざるを得ず,個人にとってお金が借りにくい状況が発生してしまいます。しかし,銀行と顧客との間に信頼関係があり,顧客がお金を返済してくれることを銀行が確信していれば,銀行は高い利子率を設定する必要はなく,個人にとってもお金が借りやすくなります。このように,ある程度信頼関係のある社会では,融資が円滑になされることで投資が活発に行われ,その結果,経済成長が促されます。先進国に比べ,市場機能や法制度などが未発達な発展途上国においては,ソーシャル・キャピタルの役割がより重要であると考えられています。
 しかし,ソーシャル・キャピタルを形成する強い絆には,負の側面があることもまた事実です。地域や組織内の絆が強い場合,外部とのつながりをもたない,または軽視する傾向が起きる可能性があります。この場合,外から新たな情報や知識が入ってこないため,その地域や組織の発展が停滞してしまう恐れがあります。また,地域や組織内の強い絆は,外部の者に対して排他的な考えを生じさせやすい,また浸透させやすい状況をつくってしまう恐れもあります。加えて,故M. オルソン米メリーランド大学教授は,ある組織が何らかの既得権益を享受している場合には,ソーシャル・キャピタルがこの団体の結束力を強め,利権追及を助長してしまう可能性があることを指摘しています。
 したがって,経済的・社会的発展においてソーシャル・キャピタルのプラスの働きを最大限活かすためには,地域や組織内の絆を深めながらも,排他的な考えや行動を避け,外部とのつながりを保ちながら,新しい知識や情報に対してオープンであり続けることが必要だといえます。これは,私たち一人ひとりが,常日頃から心掛けていくべきことなのかもしれません。


*1 『現代用語の基礎知識2017』より

参考文献
戸堂康之(2015)『開発経済学入門』新生社,第8章
澤田康幸(2012)「"絆は資本"の解明進む」, 2012年12月18日付日本経済新聞「経済教室」掲載(https://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/sawada/04.html)