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金融庁「検査局」がなくなる?

野間 敏克 投稿者 野間 敏克 : 2017年11月1日

 金融システムの動向に関心をもつ者にとって、驚きのニュースが、2017年8月22日の日経新聞朝刊に載った。金融庁が「検査局」を廃止するというのである。
 金融庁は、1998年に旧大蔵省から金融「検査」「監督」機能を分離してできた金融監督庁を2001年に改組した組織である。1998年は、戦後日本の経済成長を支えた長期信用銀行が破綻するなど、前年から続く金融危機の最中であり、2001年は、バブル崩壊後に増え続けた不良債権の額がピークに達し、処理を本格化しなければ、日本経済は落ち込み続けるという危機感が広がった時期だった。

 金融庁「検査局」は、金融機関の業務の適切な運営や健全性を保つために、立ち入り検査(オンサイト)や聞き取り調査(オフサイト)を行い、法令遵守やリスク管理態勢のチェックを行う重要な部署であった。発足時の最大の目的は、各金融機関の資産を査定して不良債権をあぶり出し、処理を厳しく迫ることにあった。小泉内閣・竹中金融担当大臣になって不良債権処理を求める姿勢は一段と強くなり、資産査定に問題ありとして、りそな銀行が国有化されるという象徴的な出来事もあった。
 検査において拠り所となったのが『金融検査マニュアル』である。銀行など預金取扱金融機関に適用される現行版で全366ページ。「重箱の隅をつつくよう」「箸の上げ下ろしまで指示をする」と言われるほど、事細かにチェックポイントが書き込まれている。検査局の発足時に、旧大蔵省時代からの検査官に、民間銀行出身者、そして国税庁の税務調査官が多数投入されたことで、様々なノウハウが加わり検査機能が大幅に強化された。
 その成果はめざましく、15年間で不良債権の総額は5分の1以下に、メガバンクでは全貸出に占める不良債権比率が1%を下回るようになっている。個々の金融機関の健全化は確かに改善したと言うことができる。
 しかしその代償としてもたらされたものがある。ひとつは、金融機関がリスクをとらない姿勢であり、成長が期待できるベンチャー企業や、過去の失敗を乗り越え新たな事業に挑戦する企業に対して、金融機関の貸出態度が慎重になりすぎてしまった。もうひとつは、金融機関の経営方針が全国一律のものになる傾向がもたらされた。マニュアルで明記された画一的な規制に対応するため、歴史、自然、人的資源などの地域事情に配慮しにくくなったのである。その結果、地域で独自性をもった中小企業に貸すよりも、国債運用や住宅ローンに頼るようになった。また、地域ではなく東京の企業に対して、地域金融機関が協力して融資するシンジケートローンが増えていた。
 以前から指摘されてきたこれらの問題に対して、森信親氏が金融庁長官に着任してから、金融検査の方針や目的が明らかに変わってきた。それは金融庁全体の役割の変化でもある。検査マニュアルにそって資産査定し、不良債権の処理を求め、時には罰則も課す「処分庁」ではなく、地域で成長分野や有望企業を見いだし、金融機関と地域経済の手助けをする「育成庁」に生まれ変わることが目指されるようになったのである。それが、「検査局」をなくす金融庁の組織変革の第一の目的である。
 さらに、個々の金融機関を健全化するだけでは、バブル崩壊やサブプライムローン問題のような深刻な金融危機を防ぐことはできないという見方も広がってきた。銀行と企業との貸出を細かくチェックすることよりも、日本や世界の金融市場における瞬時のデータや、日々のマクロ経済動向を観察することの方が、金融システム全体の健全性にとって重要だという考え方である。IT技術が発達し、フィンテックと呼ばれる新しい金融の仕組みや仮想通貨が、ものすごいスピードで創り出されている今日の状況が背景にある。起こりうる金融危機の芽を、すばやく発見し摘み取ることができるように、金融規制・監視の軸足を、「マクロプルーデンス政策」に移そうというのが、金融庁組織変革の第二の目的である。これまで検査局の一部にすぎなかったマクロ分野のチームを、総合政策局の中にマクロプルーデンス室として移動・増員し、企画市場局の中にフィンテック室を新設することになった。
 マクロプルーデンス政策のために今後重要な課題とみられているのが、日本銀行との役割分担の整理や互いの情報活用である。日本銀行は、取引のある金融機関に対して一定期間ごとに「考査」を行っている。オンサイトもオフサイトもあり、業務や財産の状況を書類や聞き取りから把握し、問題のある金融機関に助言を行っている。これらには金融庁検査と似た面があり、重複をなくし効率的な監視体制にすべきである。
 世界の主要国では、マクロプルーデンス政策を主に行政機関ではなく中央銀行に担わせる傾向にある。支払・決済をつかさどり、金融機関や海外中央銀行との取引を通した情報収集と分析、証券市場や外為市場の即時データの観測態勢などに、行政にはない強みをもつからである。行政権をもつのはあくまでも金融庁であるが、日本銀行との共同責任体制を組み立てることが、今すぐにでも求められている。

*『金融検査マニュアル』など、金融庁の検査・監督の枠組みは、以下のアドレスを参照されたい。 http://www.fsa.go.jp/policy/br/index.html