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震災対応にみた<裏承認社会>の強みと弱み

太田 肇 投稿者 太田 肇 : 2011年4月21日

 先週から今週にかけて海外の要人たちに会う機会があった。そのたびに聞かされたのは、震災に対するお見舞いの言葉に加えられたつぎのような感想である。それは、被災者の秩序正しい行動と救援や支援に当たった人たちの努力と勤勉さ、対照的なリーダーたちの対応のまずさである。

 これは彼らの情報源が、日本国内からマスコミによって伝えられる二次的情報にかぎられているためかもしれない。実際、わが国のマスコミもおおむねそのような論調だし、世論も同様の評価だ。

 今朝の日本経済新聞「経済教室」で教育学者の苅谷さんも、現場を支える人たちの献身ぶりと指導的立場に立つ人々の対応のまずさ(「底」の浅さ)を指摘している。苅谷さんによれば、それは初中等教育への称賛と大学教育の凡庸さという国際的な評価とも符合する。つまり、大衆教育は健全だが、リーダーを育てる大学の教育機能が劣化しているというわけだ。

 現場の人たちの秩序正しい行動や献身ぶりと、リーダー層の「底」の浅さ。こうした評価には私も賛同する。ただ、それをもたらした原因については、ちょっと違った見方もできるのではないか。

 私はこれまで、日本の社会・組織では自発的な行動や個性の発揮、秀でた能力や業績をたたえる「表の承認」より、実際は秩序や序列を守り、和を乱さないことの方を求める「裏の承認」が支配しているとたびたび指摘してきた(拙著『承認欲求』、『お金より名誉のモチベーション論』など)。

 今回の震災後における日本人の言動にも、それがはっきりと表れている。非常時でも礼儀をわきまえ、秩序正しく行動する姿は<裏承認社会>の「光」の部分である。それを評価し、たたえるべきなのは当然だろう。
 しかし一方では、リーダーたちがマスコミや世間の批判を恐れて及び腰になり、信念や自らの判断に基づいて果敢に行動することができなかった。そもそも、平素からそのような判断や行動をとる習慣がなく、訓練もなされていなかったといえよう。つまり、<裏承認社会>にドップリとつかっていたのである。典型的な<裏承認社会>の住人たちに、危機だからといっていきなりリーダーシップを発揮しろといってもどだい無理な話だ。

 もちろんそれはリーダー層にかぎった話ではなく、<裏承認>の風土は広く日本人、日本社会を覆っている。たとえば、「自粛」せずにはいられない空気一色になったかと思えば、潮目が変わると「自粛の自粛」論が幅をきかせる。
 もっとも、それはわが国にかぎられた社会の反応とは言えない。どこの社会でも世論の趨勢というものはあるし、それに反する意見は批判も浴びる。しかし、少なくとも先進国といわれる国々では異論を唱える人たちが、それなりに「居所」を得ている。そして異論を唱え続ける人たちがいる。それに対し、わが国では異論を唱えると徹底的にバッシングされ、表の社会から追放される。つまり、建前では言論の自由とか少数意見の尊重とかいいながら、実際は濃厚な空気がそれを許さない。

 このような社会は、表面的には美しく健全なように見えても、実は危険で脆いところがある。へたをすると、いたるところに慇懃無礼な人や偽善者がはびこる可能性もある。ミネルヴァの森のフクロウのように、事態が落ち着いたら、あらためてこの問題をみんなで考えようではないか。