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政策最新キーワード

フィリバスター

川浦 昭彦 投稿者 川浦 昭彦 : 2010年8月11日

 米国では11月に中間選挙が行われる。オバマ大統領就任以来(補欠選挙を除けば)初の国政選挙であり、オバマ政権2年間の実績に対する国民の審判ともなることから大きな注目を集めているが、政権与党である民主党の苦戦が予想されている。その理由の一つに、国民の大きな期待を背負って就任したオバマ大統領の政策実行能力に対する疑問がある。2008年の大統領選挙と同時に行われた連邦議会選挙の結果、議会の上院・下院ともに民主党が多数を形成しており、当初はオバマ大統領の議会運営は容易であろうと考えられていた。しかし、内政の最重要公約である医療保険法案の成立に1年以上もかかるなど、実際には掲げていた政策の実現は順調ではない。

 その原因の一つに連邦議会上院で採用されている「フィリバスター」という制度がある。この制度は、立法府では自由な議論が認められるべきであるとの原則から、上院では誰からも妨げられることなく意見を陳述する権利を議員に認めているものである。これにより、上院議員は際限なく演説を続けることで審議を引き延ばし、自分が賛成できない法案の成立を妨害することができるのである。しかもその演説の内容は法案と直接関連している必要はなく、実際にシェイクスピアを朗読したり料理の話をして15時間以上にわたり演説を続けた事例もある。(英語では「filibuster」と綴られるが、これは「海賊・略奪者」を意味するオランダ語「vrijbuiter」を起源とする。)オバマ政権誕生以来、連邦議会では民主党が議席の過半数を占めており、採決が行われれば政権の望む法案は可決されるはずであるが、野党共和党がフィリバスターを連発することでそれを妨げて来たのである。(特に現在では、規則の改正によりフィリバスターを宣言すれば長時間演説を実際に行う必要はなくなっており、議員の体力の限界でフィリバスターが終了するということもない。)

 しかし、実際にはたった一人または少数の上院議員の反対により議会の機能が停止してしまうことは好ましくない。したがって、フィリバスターを封じる制度も設けられている。それは「cloture」と呼ばれる「討論終結」の動議を可決することである。しかし、これは議員による自由な議論を妨げることにもなるため、動議の可決には5分の3以上の賛成が必要である。オバマ大統領就任時には民主党は上院でちょうどこの5分の3にあたる60議席を確保しており、フィリバスター封じが可能であった。それにも関わらず医療保険法案が難産となった背景には、法案審議の最終局面でマサチューセッツ州選出の民主党上院議員(ケネディ元大統領の弟、エドワード・ケネディ議員)が死去し、補欠選挙での共和党候補の勝利により討論終結の動議が可決できなくなったことがある。

 さて、それではフィリバスターは少数者の横暴(tyranny of the minority)なのであろうか。代議制度に基づいた間接民主主義では、政権による政策決定が反対派の意見を斟酌することなく行われ、多数者の横暴(tyranny of the majority)に陥る可能性は否定できない。この観点からは、多数派による意思決定に歯止めをかけるフィリバスターにも意義を認めるべきであろう。(もちろん、多数者の横暴へのチェック機能が、逆に少数者の横暴の道具に転じるのを防ぐ仕組みとして、「cloture」は不可欠である。)

 日本では7月に行われた参議院選挙で民主党が議席を大幅に減らし、連立政権のパートナーである国民新党の議席と合わせても、参議院では過半数を割り込む結果となった。これにより衆議院と参議院で多数派が異なる所謂「ねじれ国会」が再現し、国政の停滞が継続するとの観測もなされている。ある意味ではこれは二院制の欠陥とも言えるが、逆にフィリバスターと同様に、多数者の横暴を牽制する機能ととらえることもできる。また、衆議院で政権与党が3分の2の議席を有している場合には、例え国会が「ねじれ」ていても、参議院が否決した法案を衆議院が3分の2の多数で再可決すれば法案は成立するため、米国の「フィリバスター封じ」と同じ仕組みが日本にも備わっていると考えることもできる。

 もちろん米国でも上・下院で「ねじれ」が発生することもある。さらに議会内の対立に留まらず、大統領の所属政党と議会の多数派が異なる「ねじれ連邦政府」の状態ですら珍しいことではない。しかし、この「ねじれ」やフィリバスターの制度が、必然的に政府の機能を麻痺させてきたという訳ではない。野党議員の主張を取り入れることにより妥協を成立させ、政策課題を解決する意思決定を行うことは通常のことである。オバマ政権での野党共和党によるフィリバスターの連発は、民主党側での妥協を探る努力の欠如(および共和党による妥協の拒否)に因るところが大きい。民主主義の要諦が「チェック」と「バランス」にあるとすれば、日本で立法府が「ねじれ」の状態にあることも異常ではなく、意思決定者間での議論を深める機会として認識することができるかもしれない。

(追記:オバマ大統領の出身地であるハワイ州は、州昇格50周年を昨年祝った。しかし少数の上院議員が、ハワイで多数を占めるアジア系住民に対する人種的偏見などから州昇格に反対の立場を崩さず、フィリバスターを含め様々な妨害を行ったため、自治領からの昇格は苦難の道のりであった。州昇格法案は下院では1947年に既に可決され、上院でも議員の過半数はハワイを州として認めることに好意的であると考えられていた。しかし上院での法案採決は1959年に可決されるまで一度も行われなかった。関心のある人は、Roger Bell, Last among Equals: Hawaiian Statehood and American Politics, University of Hawaii Press, 1984を参照されたい。)