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オストロム教授のノーベル経済学賞受賞

川上 敏和 投稿者 川上 敏和 : 2010年2月2日

2009年度のノーベル経済学賞は、オリバー・ウイリアムソン教授とエリノア・オストロム教授が受賞した。ウイリアムソン教授は「取引費用の経済学」という分野を開拓したということで経済学界では有名であり、受賞に対しては妥当という評価を多くの経済学者は共有したと思われる。

その一方で、オストロム教授の受賞は少なからぬ波紋を投じたようである。その要因は様々なものが挙げられるが、最大の理由は教授が政治学者であり、経済学者の間では認知度が低かったことのようである。

オストロム教授の受賞理由は「経済的ガバナンス、特にコモンズに関する分析」への貢献である。コモンズは日本語で「共有資源」と言う。共有資源の卑近な例としては、川、湖、海洋などの水資源、魚、森林、牧草地などが挙げられる。これらに共通する性質は、利用したい人をコントロールすることが難しいことと、誰かが利用するとその他の人の利用分が減少することである。例えば、ある漁場を考えよう。特にルールを設けないと、漁師は自分の利益にかなうよう好きなだけ魚を取るであろう。それを適度な量に抑制させることは難しい。一方、ある漁師が大量の魚を取れば、漁場の魚の数は減り、他の漁師の取り分は減る。

このような性質があるため、コモンズには「共有地の悲劇」という問題が付き纏う。「共有地の悲劇」とは、生物学者のハーディンが提供した概念である。先ほどの漁場の例に即して言えば、漁師たちに自由に漁をさせると、漁師たちは自分の利益を優先的に考え、より多くの魚を取ろうとする。誰もがそのように行動すると、全体としては取り過ぎが起こり、魚の個体数を減少させ、やがて魚は枯渇し、漁場の荒廃という結末を生む。これが「悲劇」という言葉が使われる由縁である。実際に、このような悲劇は世界の多くの漁場で起こっている。

実は、多くの人々の関心を引いている環境や石油・石炭などのエネルギー資源もコモンズとして経済学では認識されている。例えば、いくつかの企業が適度な水準で操業していれば、環境破壊は緩やかであるが、どの企業も自社の利益を優先し、生産水準を上げると環境破壊は急激に進み、共有地の悲劇を生みだす。この例における企業を国に置き換えれば、地球規模で進行中の環境問題も同じ構造であることが分かる。

従来、経済学では、共有地の悲劇を回避する手段として、2つの方法が考えられてきた。1つは共有地に私的所有権を設定することにより、市場に配分を任せてしまう方法であり、もう1つは政府に管理を任せるというやり方である。しかしながら、これらの解決策は十分なものとは言えず、上手く機能しない場合も多い。

それに対して、オストロム教授は第3の方法として、共有資源に利害関係をもつ当事者による自主管理という方法の可能性を示したのである。共有資源の管理を理論的に考察すると、自主管理には様々な困難がつきまとうことが分かる。にもかかわらず、オストロム教授はフィールドワークや実験室実験を通じて、理論の常識を覆したのである。実際、自主管理による共有資源管理の具体例は多い。日本の里山はその近くの共同体にまきや薪などのエネルギー資源や家畜や穀物の栄養となる資料・肥料を提供するコモンズであったし、海岸付近では入浜や入海は共同体成員にとっての食糧源となるコモンズであった。これらの入会地は共同体内に共有される慣習によって比較的適切に管理されてきており、オストロム教授の主張を支持する例の1つである。ただし、地球規模の環境問題やエネルギー問題の解決の困難性を鑑みるに、共有資源管理にはまだ研究の余地が大きいと思われる。

ここまで読み進められてきた方には、オストロム教授のノーベル賞受賞と、政策学部で学ぶことの間にどのような関係があるのか疑問に思われる方も多いかも知れない。教授の研究手法は既存の特定の学問分野に依拠したものではなく、広く社会科学にまたがる方法論を駆使している。例えば、理論分析には政治学的な概念と経済学の分析手法であるゲーム理論が組み合されている。これは政策学部の理念である「社会科学に関する幅広い知識に基づき、総合的な観点から問題を発見し解決していく」姿勢と相通じるものである。そう言った意味で、これから政策学部で学びたいと考えられておられる諸君には励みになるのではないだろうか。もちろん政策学部教員の立場としても、大きな励みである。しかしながら、学問分野が過度に細分化された現代において、オストロム教授のように、広い分野の方法論を取り入れることと、多くの人に意義ある研究を行ったという評価を受けるということを両立させた存在はなかなかいないという現実もある。従って、教授の後を追うことはいばらの道を歩くようなものであるという覚悟は必要である。

参考文献

岡田章 (2009) 「エノリア・オストロム教授のノーベル経済学賞受賞の意義」, http://www.econ.hit-u.ac.jp/~aokada/

川越歳司 (2009) 「総合社会科学者エリノア・オストロム氏、ノーベル経済学賞受賞 理論・実験・フィールドでの功績」, 『経済セミナー』, No. 651鈴木光男 (1994) 『新ゲーム理論』, 勁草書房

室田武 (1979) 『エネルギーとエントロピーの経済学』, 東洋経済新報社