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政策最新キーワード

【祝】政策学部一期生卒業

多田 実 投稿者 多田 実 : 2008年3月29日

今回は、先週行われた、政策学部一期生の謝恩会での出来事を少し紹介しましょう。

2008年3月、初めて「世」に学部生を送り出したことになるのですが、彼らには先輩がいないので、もちろん同窓会のような組織もありません。卒業式は“大学”行事ですが、謝恩会は、通常、“同窓会”のような組織によって運営されるものです。ゼミごとのパーティーもあるので、謝恩会は開催されないのでは?! と思っていたのですが、さすが、政策一期生!! 学部生の有志が謝恩会@新島会館を企画してくれました。

中川学部長のご挨拶@新島会館

我々教員は、最初、会場ではなく控室で待機し、一列に並んで会場へ入場しました。その控室には、パーティーのスケジュールが書かれた紙がホワイトボードに貼ってあり、ビンゴゲームがあることを知りました。そのときの会話です。

   T:「ビンゴって、最初にリーチした人はなかなかビンゴしないという法則を、
     家でビンゴ大会をしたときに、ウチの息子が発見したんですけど…」
   K:「あ、それ、名司会者みたいな人がビンゴ大会でよく言うフレーズですね」
   T:「え、そうなんですか(驚)」

後日、Web検索してみると、このことはやはり「ビンゴのジンクス」として認知されていました。

このブログを読んで、ジンクスをジンクスとしてそのまま放っておくか、本当にそうなるのか確かめてみるか、人それぞれでしょうが、もし後者ならば、私が学部で担当している講義「統計学(入門)」「意思決定論」から、この手の問題を考えるためのセンスを磨くことができますので、ぜひ受講してくださいね。

mtada

2008年3月の日銀総裁人事をめぐって

野間 敏克 投稿者 野間 敏克 : 2008年3月19日

 2008年3月19日で任期が切れる日銀総裁の後継人事が混迷しています(これを書いているのは3月13日)。最有力候補である日銀副総裁を推す与党案に、「財政と金融の分離」をタテに民主党など野党が反対したためです。

 図をご覧ください。日本銀行が民間金融機関に貸すときの金利である公定歩合(今はそう呼びませんが)の動きと、日銀総裁の経歴の関係を示したグラフです。かつて日本銀行出身者と、大蔵省(いまは財務省)出身者が交代で総裁になっていました。そして、大蔵省出身のところで公定歩合が下がり金融緩和されていることがみてとれます。

001.jpg


 たしかに、1970年代後半や、80年代後半(ご存じバブルの時期です)に大蔵省出身総裁によって公定歩合が引き下げられ金融緩和が進められています。それに対して、80、81年、90,91年には日銀出身総裁により公定歩合が引き上げられています。
 日銀出身総裁は物価安定をめざし金融を引き締め気味になり、大蔵省出身総裁は景気拡大をめざし金融緩和しがちになるという定説を、このグラフから読み取ることができます。

 でも70年代初めに(首相や大蔵省からの圧力があったのか)金融緩和を進め後のインフレを導いたのは日銀出身総裁ですし、70年代や80年代に緩和した大蔵省出身総裁も最後は引き締めに転じています。また、90年代後半にゼロ金利政策や量的緩和という異常な超金融緩和を進めたのも日銀出身(またはかつて関係した)総裁です。
 大蔵省出身者が景気拡大や低利の国債発行のために金融緩和をするという定型的な見方は、90年代にはすでに終わっています。国債の日銀引き受けのような無謀な政策は戦後ずっと法律で禁じられてますし、日本銀行の政策決定の独立性は1997年新日銀法により担保されました。政策決定会合の議事録が公開されており、それをみれば、ゼロ金利や量的緩和のときにも、日本経済全体や金融市場の動向を気にしながら政策運営してきたことがわかります。
 財政政策を無視して金融政策は行えません。国債の発行状況で金融市場の価格や金利は大きく変わり、投資や消費も影響を受けますので、金融政策もあわせて考えねばなりません。逆に、金融市場動向をみないと財政政策を決めることもできないでしょう。たとえば金融政策が高金利政策をとれば国債発行はコスト高になるし、低金利操作すれば、円安になって輸出入が黒字傾向に変わり、財政政策で刺激しなくても輸出で景気が支えられるかもしれません。
 財政と金融はますます密接になっている、というのが現代です。野党がかかげている「財政と金融の分離」が何を意味しているのやら。20年前や50年前の感覚で、とりあえず国家は悪だと、無責任に何にでも反対しているのでしょうか。

共有地の悲劇

川上 敏和 投稿者 川上 敏和 : 2008年3月13日

私はこのコラムの担当が回ってくると憂鬱になる。「政策最新キーワード」。なんて軽やかな響きだ。それに対し、私は重い人間だ。最近 では、体重まで重い。こうして「軽い」対「重い」の壮絶なバトルが展開されることになる。おまけに私は変人である(変態ではないと自負 しているので、そこのところは強調しておく)。何故かいつも人とは違うことをしてしまう。自分では当たり前のことをしている積りなのであるが、そうなるのだから仕方がない。そういう訳で自分が変人としておけば、家内安全、祈願成就、厄除けにもなり、丸く済むのである。
これら3重苦を背負って勝負を挑むのであるから、私が負けるのは目に見えている。

昨年も勝負を無理やり挑まされることとなったが、大惨敗であった。おおよそ、高校生が読める文章ではなかったのだ。更に書いている 本人にも意味が分からないという致命的な欠陥もある。追い討ちをかけるように、「あのコラムいいですね」という奇特な先生もおられる。
因みに、この先生は優秀な方なので、私の言葉足らずをかなり好意的に補って解釈してくれたのだと思われる。

最近ではとんと聞かれなくなったが、「男には負けると分かっている勝負でも挑まなければならないときがある」という言葉がある。しかし 男にはそういうときにでも勝負しなければならない時が来る。ただコラム一つで命を押し付けられるのはたまったものではない。そこでお ちゃらけでもってお茶を濁そうという魂胆である。

おおそう言えば、キーワードの「共有地の悲劇」の話をすっかり忘れていた。私は21世紀前半に人類全体が直面する最大の問題が共 有地の悲劇だと思っている。例としては、地球温暖化問題に代表される環境問題や石油や海産物の各種の資源問題などが挙げられ る。こう言った問題はミクロ経済学の教科書には、政府が政策介入することにより、対応せざるを得ないと書かれている。けれども上に挙 げた例は全て世界規模のものである。世界を統括する政府は存在しない。従って、政策では解決できないのである。人類の未来は「神 の味噌汁」、いやもとい「神のみぞ知る」である。

しかし、今、更なる大問題が私の身に降りかかろうとしていることを発見した。今晩の晩御飯を何にしようかという問題である。私にとっ て、これは死活問題である。人の命は地球より重いという言葉に従えば、私の命も地球より重い筈だ(確信はもてないが…)。よって、共 有地の悲劇が何を意味し、上のような例がどうして共有地の悲劇になるのか等の疑問について知りたい諸君は政策学部に入学し、柿 本先生や野間先生の講義を受けて貰いたい。もちろん自分の力で理解するのがベストである。私は早急に晩御飯の問題に取り組み、 解決することにする。