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教員紹介

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清水 習 助教

しみず しゅう 清水 習 助教

専門分野政治経済哲学
研究室臨光館417号室




専門分野について
良かれ悪しかれ、危険なものは、既得権益ではなく思想なのだ

 私の研究テーマは10年間一貫して変わらず、「イデオロギーの終焉」という政治経済学的現象を批判的に考察・分析しています。まず、「イデオロギー」という言葉を聞いた事がある学生がどれくらいいるでしょう?仮に、聞いた事があるとして、それが何か説明できるでしょうか?「イデオロギーの脱イデオロギー的説明におけるイデオロギー性」という問題もありますが、横に置いときましょう。イデオロギーとは、簡単に言えば、社会的に共有されている世界の見方です。ところが、「世界の見方」自体、簡単な話ではないので、あまり簡単な言い方ではないかもしれません。具体的な例で、「イデオロギー」が最も題材に上がる政治の分野で説明しましょう。
 例えば、第二次世界大戦以後、旧ソ連(現ロシア)とアメリカで起きていた冷戦という、「大戦後の世界で、どちらの大国が世界政治経済を牽引していくか」という国家間闘争がありました。この冷戦を理解するうえで、イデオロギーという概念が重要となります。ソ連は当時「共産主義」という政治経済イデオロギーを推し進めていました。共産主義とは、簡単に言えば、「人間はみんな平等だから、みんなで協力して、みんな同じものを出来るだけ平等に分かち合おう。」と言う考えです。この共産主義を推し進めるために、ソ連では、中央集権的統一主義による経済システムを推し進めていきます。つまり、「皆がどれだけ、なにを食べるかは政府が決める」という政策です。逆にアメリカでは「人間は別に平等じゃない。生まれもっての才能も違うし、仕事における努力なども違うわけだから、よく働いた人が、好待遇をうけるべきで、重要なのは『機会の均等』である。」という自由主義的な考え方をベースに、資本主義という経済システムが推し進められました。つまり、「誰が、どれだけ、何を食べるかは、仕事の成果(市場)が決める。」ということです。この自由主義的資本主義は「政府の偉い人ではなく、民衆が民衆の活動の中で方針を決定する」民主主義の概念ともよく一致したので、アメリカの政治経済システムは、自由民主主義的資本主義と呼ばれました。皆さんご存知のように、冷戦はアメリカの勝利で終えますが、その後、アメリカの経済発展とアメリカ型の自由主義的資本主義を採用した国々の経済発展を目前にして、多くの政治経済学者が、「結局、人間にとって、アメリカ型の自由民主主義的資本主義が最も正しい政治経済システムだから、主義(イデオロギー)なんて、関係ないでしょ?」と言い始め、この見解は、一般にも広く受け入れられるようになりました。この現象が「イデオロギーの終焉」です。この現象は、昨今では、日系アメリカ人社会学者であるフランシス・フクヤマ教授が提唱した理論にちなんで「歴史の終焉」とも呼ばれたりします。
 しかし、歴史は本当に終焉したのでしょうか?テロや金融危機が今世紀最初の人類の歴史であるならば、歴史はどうやら終焉していないようです。より的確に言えば、「歴史を終わらせようとする」主義と「歴史に取り残された」主義が激突する時代に突入したように思われます。言葉を変えれば、「特定のイデオロギーで自分達の推し進めた政治経済システムを正当化していた国々のイデオロギー(世界の見方)」が挑戦されているのではないでしょうか?
 以上が簡単な私の研究テーマの紹介です。この研究テーマは、しばらく変わることはないでしょう。もし、変わるとすれば、私の中のイデオロギーが死ぬか、イデオロギーという言葉の説明が一般に不要になった時でしょう。

プロフィール
吾二十而志于学。三十而帰。

1984年生まれ。18歳まで静岡県の島田という田舎で育ち、関西の大学の経済学部へと進みました。しかし、経済を理解するうえで、「お金の意味」や「政治の役割」また「経済学自体の経済に与える影響」等の哲学的または根源的な問いに興味を抱き、3回生の途中で一念発起してイギリスに渡りました。
イギリスでは、名探偵ホームズでおなじみのモリヤーティー教授が教鞭をとっていたDurham大学で学士を修め、その後イギリス最古の都市ColchesterにあるEssex大学の大学院へと進みました。
帰国後は、半年ほど東京の上智大学にて特任研究員として日本の「グローバル教育」の現状を学ぶ機会を頂きました。その後、縁あって、10年ぶりの「帰京」となり、現在に至ります。
ちなみに、哲学談義とカフェ巡りが趣味なので、京都のどこかのカフェで不思議な話をしている大きな人を見つけたら私だと思ってください。

メッセージ
学問の世界へようこそ!

本名が「習」で、研究職をしていると、冗談か、よほど学問が好きなのか?と聞かれます。私にとって、学問は、好きと言うよりも、「呼吸する・食べる・寝る」に近いものですが.・・・。一般的には、初等教育の「勉強」のイメージからか、「学問は退屈でつまらないもの」という印象があるかもしれません。たとえば、今日、大学に向かうとき、何人の人にすれ違ったでしょうか?何人の人が同志社の学生でしょうか?しっかりとデータを取って図式化したければ、数学や統計学は有効でしょう。行き交う人々の状況・情景を書き記したければ、文学も有効かもしれません。何人の人が同志社大学に入学し、大学で学びたい人が何人いるか知りたいとき、経済学や経営学は有効です。また、「そもそも、大学にいく意味があるのか?」と問いたくなったら教育学、教育制度については政策学が有効かもしれません。最終的に、「そんなこと言ってる自分も結局、大学で学んでいるじゃないか?!」と省みたら哲学の扉が待っています。
学問の世界へようこそ!!