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教員紹介

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橋本 圭多 助手

はしもと けいた 橋本 圭多 助手

専門分野政策評価論/行政責任論
研究室渓水館221号室



専門分野について

公共部門における政策の有効性確保に関心を持っています。具体的には行政責任とその手段である監査と評価を研究対象としています。政策の有効性を確保するために、なぜ行政の責任とその手段について考える必要があるのでしょうか。「行政」の部分を「個人」や「企業」に置き換えてみるとわかりやすいと思います。
 個人が他人に損害を与えたり危害を加えたりすれば、弁償や慰謝料を求められるでしょう。社会的に非難され、勤め先からの退職を余儀なくされるかもしれません。あるいは刑事施設に収容されるかもしれません。
 これが個人ではなく企業となると、少し事情が異なります。社員や経営者が刑事施設に収容されることはありますが、企業自体を刑事施設に収容することは物理的に不可能です。ただし、金銭的賠償の請求や、究極的には倒産によって市場からの退出を求められることはあります。
 それでは、企業と行政の違いは何でしょうか。企業と異なるのは、国家が存続するかぎり行政が消滅することはないということです。また、金銭的賠償を行うといっても、その原資は国民の税金です。個人や企業と比較して、行政が責任を果たすインセンティブは小さいと考えられます。一方で、行政の行う政策が国民生活へ影響を与える以上、主権者である国民にとって行政の責任確保は重要な課題となります。行政の責任確保にはどのような手段が考えられるのでしょうか。
 個人や企業と同様、行政に対して訴訟を提起することはできます。それでは、行政訴訟があれば行政の責任を十分に確保することができるのでしょうか。残念ながら、行政訴訟では行政の責任を部分的にしか確保することができません。行政訴訟で追及できるのは法的責任となりますが、実際に行政が果たす責任はそれにとどまるものではありません。
 行政の行う政策が税金によって営まれることを考えれば、税金が無駄に使われたり不正に使われたりすることを防ぐ必要があります。財務責任、すなわち会計上の処理が適正に行われることを担保する必要があり、そのために有効なのが監査です。日本の中央政府であれば、会計検査院が中心となって行っています。
 監査があれば、行政の責任を確保することができるのでしょうか。行政訴訟と同様、監査は行政の責任確保において必要条件ではありますが、やはり十分条件ではありません。会計上の処理がどんなに適切であろうと、行政の行う政策が有効である保証はないからです。
 行政の行う政策が有効に行われているかどうかを検証する作業が政策評価です。評価結果は、当該政策の改善や新たな政策作成に生かされることになります。法令遵守や会計処理の適切性が確保されることでよしとするのでなく、政策が成果を出してはじめて政府が責任を果たしたといえるのです。
 このように、行政責任と言っても実際には多義的かつ重層的な責任を意味しています。したがって、現場ではしばしば混乱を招くことになります。政策評価といいながら、対象としているのは行政が行う政策ではなく、政策の実施にかかる経費の節約や効率化の議論に終始しているといった事例が多分に散見されます。
 それでは、政策が有効に行われるために、行政責任はどのような手段あるいはその組み合わせによって確保される必要があるのでしょうか。立法権の優越を前提にすれば、選挙を通じた責任確保が考えられます。議員の公約やこれまでの活動を評価し投票行動で示すことで、行政の責任を間接的に確保することができます。しかし現実は、行政活動が拡大し行政権が優位となる「行政国家」であり、投票行動を通じた議会統制は限定的なものとなっています。したがって、行政責任を確保するそのほかの手段が制度化される必要がありますが、ここで挙げた監査や政策評価だけでも、そのありようは国によって大きく異なります。つまり、各国の制度設計と統治機構の差異を考慮する必要があり、今後の研究課題となっています。

プロフィール

 1989年、埼玉県川越市生まれ。同志社大学政策学部卒業後、同志社大学大学院総合政策科学研究科に進学。2015年3月、大学院博士後期課程単位取得退学。2015年4月より同志社大学政策学部に着任。また、2014年4月より京都文教大学総合社会学部で非常勤講師を務める。
 本学ではおもにPBL(課題解決型学習)の企画運営に従事します。自らの出身である政策学部の教育活動に教員として携われることを嬉しく思います。

メッセージ
もどかしいままに

社会科学では、言葉や概念が一義的に確定していない場面にしばしば遭遇します。皆さんが学ぶ政策学も社会科学領域に属しますが、学術領域名に冠している「政策」ですら、確定的な説明を与えることはできません。入学した直後から「政策学とは何か」との疑問が終始つきまとうことになります。皆さんはこれをもどかしく思うでしょう。
 しかし、大学の学びにおいて即座に了解されることなどほとんどありません。このもどかしさはつらいものがありますし、それを克服しようとする努力が報われるとも限りません。もどかしいままに毎日が過ぎ、ついには学部の4年間が過ぎて卒業することになるかもしれません。
 それでも、投げ出さないでほしいと思います。むしろ、大学の学びとはそうした日々の葛藤や試行錯誤の中にあります。成長とは漸進的なものですから大学4年間の具体的な成果を語ることは難しいですが、試しに半年前や一年前に自分が書いたレポートの類いを見てください。あまりに稚拙な内容で直視に耐えられるものではないかもしれませんが、きっと成長を実感できると思います。